「なんだって?交換‥‥する?」 は、イアリングをもう1個霊界に支給してもらおうと、黒鵺に提案した。紛失したと言えば、きっと雲鬼は心配して、また1個くれる筈だから。 「何言ってんだお前。俺はいらねぇよ。このブローチで十分だ」 「でもね、霊界から支給されたブローチって、私のイアリングみたいに『無』にはできないじゃない。不便でしょう?」 すると黒鵺は、「いや。そうでもないぜ」と、アッサリと否定して、の目を丸くさせる。 「意外にも結構な効力あるもんだぜ。魔界に戻って手放しちまうのが惜しいぐらいだ」 想定外の黒鵺の言葉に、は思わずムッとする。(貴方が要らないって言ったんでしょう!)と、喉元まで出かかった言葉を必死で抑える。 「ま、確かにゼロには出来ないから、俺が妖怪であることはバレちまうけどな〜ハハハ」 「ほら!それ付けてると、また“低級”妖怪に間違えられちゃうでしょう!?」 グサッとくる一言に、一瞬、黒鵺の顔が引きつる。 「黒鵺、イアリングにしましょうよ。ねっ♪そうすればもう、二度と“低級”って言われなくて済むわよ。私だって、黒鵺のことを“低級”だって言わせたくない。 黒鵺、私達の話、気にしてたんでしょ?皆が、貴方の事を“低級”“低級”って‥‥」 「‥‥。そう何度も言うんじゃね〜よ。いくら俺だって、お前にそう何度も言われたらさすがに辛いぜ」と嘆いた。 「もしかして、あいつらの話の事で気にして、ここでずっと考えてたのかよ」 「気にしてって‥‥。気にしてるのは黒鵺の方でしょう。分かるわ、そうよね。怒りたくもなるわよね。ブローチなんか、捨ててやりたくなるわよね」 「あぁ?」 「蔵馬さんはに何も言わないから、私はてっきり黒鵺も──。もうっ、もっと早く言ってくれれば良かったのに」 「お、おい」 「早速明日頼んでみるわね。でも失くしたってことにするなら、イアリング外さなくちゃ‥‥ね。ま、いいわ。1日ぐらいイアリングなしでも──」 「それはダメだ、絶対ダメだ!」 「え‥‥なんで」 「とにかく、俺はイアリングなんか要らねぇよ!俺が“低級”だなんて、そんなの言わせたい奴には言わせておけ。俺は気にしちゃいねぇよ」 「じゃぁなんで怒ってたのよ」 「何が」 「あの時、凄い剣幕で部屋に入って来たじゃない」 「あれは‥‥」 どうしていいかわからなかった。黒鵺は腰に手を宛がいながらから目を逸らした。は、真顔で黒鵺を見つめている。 いつも、真剣な話になると適当にお茶を濁してきた黒鵺にとっては、とても苦しい沈黙である。 まさか、と和気藹々に話している四人に腹が立ったなんて、プライドが邪魔をして言えない。 「やっぱり、怒ってたんじゃない」 「怒って──」 ついに黒鵺はに背を向け、頭を掻きながら何と説明すればいいのか分からず困惑するばかり。 これではさっきの二の舞だ。本当に今日の自分はどうかしている。なんなんだろうか、この変なザワザワとした気持ちは。 どうしてこうも自分は苛立っているのか、どうしてに沈黙しか返すことができないのか、原因がわかるなら、こちらが教えて欲しいぐらいである。 そういえば、蔵馬も人間界に来てから、少しだけだが、魔界では見せたこともない表情をに見せるようになった。 (きっと人間界にいるせいだ。ったく、ややこしいったらないぜ) なんだか無性に腹が立つ。叶うならば、をこの島から連れ出して‥‥いや、島ではだめだ。魔界に連れて帰りたい衝動に駆られる。 しかし、がこの地で職責を与えられ、且つ自ら放棄出来ず、ましての意志を無視して連れ帰ることなど出来るはずもなず‥‥八方ふさがり状態である。 (あぁ〜ちくしょう!が島にいるのはあと何日だ?) 明日になったら、はまたあの四人に会うのだろうか?きっと会うに決まってる。そう思うだけで、とても不愉快な気分になる。 まるで、を盗られるような気がして──。 (おい、まさかこれって‥‥‥‥) 嫉妬‥‥。そう、この感情は紛れもなく“嫉妬”。 だとしたら、四人に抱く不愉快な気持ちも、彼らに笑みを見せるへの苛立ちも、全て合点がいく。 (おいおい嘘だろう──?) 今までこの身には存在しなかった──いや、有ったのかは知れないが、必要のなかった感情だ。 どうして、俺があんな低妖怪に嫉妬しなければいけないんだと、今度は自分に苛立ちを覚えはじめてしまう。 一気に、自分の持っている気持ちの全てが汚らわしいものに思えた。 「黒鵺──。どうしたの?貴方、今日はなんか変よ。何か遭ったの?」 の顔を、まともに見ることができなかった。こういう時は、一体どうしたらいいのだろう。 冷酷な蔵馬でも、この感情を知っているだろうか?を愛して、その感情を持っただろうか? 冷や汗を浮かべて後ずさりをする黒鵺に、は顔を覗きこむようににじり寄ってくる。 「ねぇ本当に大丈夫?黒鵺こそ顔色が悪いわよ。もしかして、あの怪我‥‥まだ治っていないんじゃないの?」 「あぁ?」 が脇に手をやると、黒鵺はまるで電流でも浴びたかのように、身を屈めてへたりこみ──ついには耐えきれずに床に崩れ落ちた。 「どうしたの!?黒鵺!黒鵺!誰か──」 薄れゆく意識の中で、黒鵺は、助けを呼びに行くの後姿を見送った。 (ちくしょう‥‥。今日は厄日だ) 気が付くと、処置室で黒鵺は寝かされていた。 「起きたか──」 蛍光灯の眩しさに目がくらむ中、蔵馬が、ベッドに寝かされている黒鵺を見下ろしていた。 「まさか、あの傷がまだ障っていたとはな‥‥」 なにやら感心するように独り頷く。 魔界と違って空気や環境が異なる人間界では、傷の治りが悪いのだろうというの診立ては正しかった。 「は?」 蔵馬はククッと笑い、意地悪そうに黒鵺に答える。 「の部屋で寝ている。取りあえずは、お前が危惧している“あの者達”と接触する心配はない。安心しろよ」 「どうしてそれを‥‥!」 ふふんと、蔵馬は黒鵺に向かって含み笑いを見せた。 「に‥‥聞いたのか?」 すると蔵馬は、自身の身にも装着しているブローチを眺めて── 「お前が言うとおり、本当にこのブローチは便利な代物だ。妖気をほぼ完全に無に近い状態にしてくれる。お前にさえ、気配を悟られることもない‥‥」 尾けられていた──! 「お前の女が戻ってこないとに泣きつかれてなぁ。気はすすまんが、俺も独自に探していた。そこにお前が‥‥。まさか、俺の妖気の片鱗さえ気づかないとは思わなかった。魔界に戻ってブローチを返すのが惜しいくらいだ」 まるで、黒鵺がに伝えたことをそのままなぞるように、そして嫌味に聞こえるぐらいに‥‥。 黒鵺が黙っていると、蔵馬は壁に凭れながらふと宙を見上げた。魔界の満天の星空が見えないことに、少しばかり表情を曇らせる。 蔵馬は頭として、仮にも副将である『悩める黒鵺』を慰めるように、語りかけるように口を開いた。 「嫉妬────か。確かに俺も、その感情を抱いた時は自分を恐れて恥じたな。俺より遥かに低俗で下賤な妖怪どもに、この俺が劣るだと──?ありえんと頭では思っていても、果たして真実か──。俺の驕りなのではないかと自分を疑い続けた。そいつらにを盗られる夢を見ては、何度も目が覚めた」 「蔵馬」 「自分こそが低俗に思えた気がした。地に堕とされたといってもいい。俺は、妖怪でありながら愚かな感情を持った自分をひたすら責めていた‥‥」 黒鵺は、身を乗り出すように蔵馬の話を聞いていた。自分も今まさに同じ気持ちだ。 解決策を知りたい。黒鵺は縋るように、蔵馬の次の言葉を待った。 「だが、それはを愛したからこそ生まれた感情だと気づいた。負のものではない。必要不可欠な感情だ。その感情が生まれなかったら、俺はをこの手に留めたいとは思わなかっただろうな。そう思ったら、不思議に受け入れられた。この感情は、どんな相手だろうが‥‥例え無力な人間相手にでも、生まれるものだとな──」 人間界に来てから、暇さえあれば人間観察をし続けてきた‥‥蔵馬なりの答えだった。 蔵馬は黒鵺に、自分が持つ感情とどう向き合っているかを、語りかけていった。 の『少しは黒鵺と共有しなさいよ!!』という言葉を、気にしているのかは分からないが──。 「黒鵺!起きたの?気分はどう?」 ひょいと、が窓越しに処置室を覗き込んだ。と眼が合い、黒鵺は静かに笑みを浮かべる。 が処置室に入ってくると、二人きりにさせるかのように、蔵馬はと擦れ違うようにその場を離れてくれた。 ただすれ違いざま、に冷たく目線を落として‥‥。“あの事”は決して言うなと、彼の冷たい瞳がそう語っているようで、一瞬ゾクッとした。 蔵馬は、医務室でカルテを書いていたの横に腰かけると、二人でクスクスと笑いながら、処置室からこちらが見えない様、小窓のカーテンをそっと閉める。 一体どんな話をしているのだろう。初めてのと黒鵺の言い争いだ。どうやって解決させるつもりだろう。口が達者でない黒鵺は、どうやってを納得させて宥めるのだろう。 フフッと思わずが笑ってしまう。あの二人は、数時間前の自分達である。と蔵馬は、なんと‥‥偶然にもあの二人と全く同じ言い争いをしていたのだった。 場所は違えど、も酎ら四人と話し込んでいた。共に過ごすと思考や行動パターンも似てくるのか、シチュエーションも大体同じだった。 おそらくドアの向こうでは、黒鵺はこう言っているに違いない。ブローチとイアリングの交換などあり得ない。自分が“低級”呼ばわりされることぐらい、お前の身の安全に比べたら取るに足らない問題だ。そして‥‥ (フッ、嫉妬‥‥‥‥か) タッチの差で立場が逆転しかねなかった状況に、蔵馬は追手から逃げ延びたかのように、深い安堵のため息を浮かべる。 「全く、とんだ冷や汗ものだったな。もしかしたら、今頃はあれが俺だったかもしれん」 「フフッ、私もそう思ってた。ねぇ。私達、良い予行練習になったと思わない?」 「それは言えるな。もっとも俺はあいつのように、事態をややこしくしたりはしないが‥‥」 「何言ってるのよ。蔵馬だってあの時──」 「言うな。過ぎたことだ」 「あら、ずる〜い」 いつもは静かな深夜に、笑いが満ちた。お互い、あれやこれやと言いたい放題。 ドアの向こうから、二人が戻ってくるのを、蔵馬とは今か今かと待ちわびていた。
公式には、黒鵺のキャラ設定ってあるのでしょうか?どの夢小説でも、貧乏くじを引く役回りが多く、やはり当HPでも貧乏くじを引かせてしまっています。 似合うんですよね‥‥とにかく。おかしいですねぇ。映画では、そんな描写は一つたりとも無いのですが(汗)。珍しいケースですが、黒鵺の性格は、多くの夢小説によって練り上げられたものだと思っています。 |