ピピピピッ‥‥ピピピピッ‥‥ 「──うそっ」 は自分の体温計の値を見て‥‥絶句した。 (よ──40度!?) なんか熱いなぁとは思ってたけど、まさか40度もあるとは思わなかった為、はガクリとベッドに突っ伏した。 (ちょっと待ってよぉ〜。魔界で40度の熱ってヤバくない?この世界に人間の病院なんか無いのに──) 40度と知った途端、体が一気にだるくなってしまうのは何故だろうか? そして‥‥病院に行けないという事実をつきつけられると、更に病状が悪化する。 (うぅ、ヤバイ。視界まで歪んできた) 熱に浮かされながら寝返りをうち──ベッドから勢いよく転落したのであった。 「ねぇ、今の音 何?」 キッチンでエプロンを付けながら、は首を傾げる。 「あの女の部屋から聞こえたぞ」 「あ、そういえば、ってまだ起きてこないよね」 全く、いつまで寝てるんだかと、ぶつぶつ文句を言いながら「ねー蔵馬さん」と振り向くと、既に蔵馬の姿は無く──の部屋から、蔵馬の悲鳴のような叫び声が聞こえてきた。 おそらく、今まで聞いたことの無い声だったのだろう。 黒鵺は椅子を蹴飛ばし、の部屋へとすっ飛んでいく。もつられて黒鵺の後を追う。 二人が部屋に入ると、蔵馬はベッドから転落したを抱き上げていた。 ベッドにそっと寝かせられたは、息もひどく荒く、玉のような汗が額に滲んでいる。 (これって‥‥) 「蔵馬さん。ちょっとどいていただけますか?」 オロオロしている蔵馬を押しのけ、はの額に手を当てる。 「うわっ、凄い熱ね。、大丈夫?」 は、うっすらと目を見開く。 視界がぼやけていて、ピントが合わない。そんな視界の中で、蔵馬の姿が見える。青白い顔で私を見つめる蔵馬の顔が──。 手を握ってくれているのがわかる。でも彼の手は氷のように冷たく、震えていて──。 「だ、大丈夫よ。心配しないで‥‥」 心配をかけないように、頑張って笑顔を見せたのだが、それが何とも不気味だったようで、逆効果。皆は更に心配顔になっていく。 「熱は?測ったの?」 「うん。40度あってね‥‥関節が痛い。頭も割れそうに痛いのよ」 (なるほど、インフルエンザってやつね)と、は冷静に診断をした。 「わかった、ちょっと待ってて。薬を持ってきてあげるよ。でもその前に、何か食べなきゃーって、ゴメン無理よね」 が部屋を出ていこうとした時、その腕を蔵馬が引きとめる。 「何なんだ、この苦しみようは!は‥‥はどうなる!?」 振り向くなり、は驚いた。明らかに、いつもの蔵馬とは感じが違っている。彼は、明らかに動揺している。 「だ‥‥大丈夫、大丈夫。心配ないわよ」 「そんな筈は無い!こんな────!」 掴まれた腕に痛みが走り、思わずは小さな悲鳴を挙げて身をよじった。 すかさず黒鵺が割って入り、を自分の元にグイッと引き寄せた。 「よせよ蔵馬!お前が取り乱しても、事態は変わりはしないぜ」 「しかし‥‥」 「の診立てだ。恐らくは人間の病なんだろう。だとしたら、俺やお前には何もできねぇよ。が心配ねぇと言うんだ。落ち着けよ」 もちろん黒鵺だって、こんな蔵馬の姿を見るのは初めてだった。 どんな敵に襲われようと顔色一つ変えない蔵馬が、たった一人の女のことで、いとも簡単に我を忘れるなんて──。 しかし、蔵馬の気持ちも分からなくはない。 逆の立場だったら、はたしてに大丈夫と言われて、素直に信じて安堵できるだろうか──。 「どうしたの?黒鵺」 「いや。何でもねぇよ。それより、俺たちに出来る事は何か無いのか?まぁ、大して何も出来んだろうが‥‥」 黒鵺がの心配をするなんて意外だと驚いただったが、聞けば、来週には賊を狩りにいくので、蔵馬がこのような状況だと困るそうだ。 の心配を一切していないことに、ちょっとムッとしたが、口には出さなかった。 黒鵺はの身を案じないが、蔵馬だっての身を案じてくれたことはない。それと同じである。 はニコリと笑い──蔵馬と黒鵺を部屋から追い出した。早く治すには、はっきり言って二人は“治療の邪魔”である。 「‥‥」 居間では、蔵馬は忙しなく、ソファに座ったり立ちあがったり──。檻の中の獣のように、ぐるぐると辺りを回り続けている。 「蔵馬‥‥おい蔵馬!ったくよぉ。聞いちゃいね〜な」 妖怪は、人間よりも聴覚が優れている。そして、獣の耳を持つ蔵馬は、それより更に優れているのだろう。 が苦しむ声を、蔵馬はすぐ隣にいるかのように聞いているのだろうか? カチャ の部屋のドアが開く。 二人とも一斉に、部屋から出てくるを見つめた。 「大丈夫よ」と、笑みを浮かべる。 彼女の笑顔を見た途端、蔵馬は壁に凭れ額に手を当て‥‥深くため息をついた。 「熱さましの薬を打ったから、もう平気‥‥って、入ってはダメですー!」 「何故だ!?そこをどけ!」 部屋の前で通せんぼをするに、蔵馬は思わず声を荒げる。 「人間の病に接したことのない妖怪の貴方が感染したら大変です。死んじゃうかもしれないんですよ!」 「‥‥‥‥‥‥感染?」 「人間だって──下手したら死んじゃうかもしれない病なんですから」 「死ぬ‥‥だと?」 (あれ?)と、は一瞬固まる。 (『感染』って言葉、もしかして知らないのかも) みるみる青ざめてゆく蔵馬を見て、は“当たり”だと悟った。魔界には、『ウイルス』や『菌』の類は存在しないのだろうか? 「おい、『感染』ってなんだ!?」 黒鵺のその一言を聞いてしまった。『病気』とは?『感染』とは?こむつかしい話を、一から二人に説明する羽目になってしまったのであった。 「‥‥と、つまり、こういう病気なのよ。ざっと言うとね」 キッチンで粥を作っている。 ようやく、『感染』の意味と、の病『インフルエンザ』について知った蔵馬と黒鵺は、の指示通り、の部屋には入らない。 「おい、」 「何?黒鵺。そんな難し〜い顔しちゃって」 「あの女‥‥。大丈夫なのか?すごいうなされてるぞ」 の手が止まる。 「蔵馬は気が気じゃないって感じだ。俺は、あんな蔵馬を見たことがねぇ。何とか部屋に入れてやることは出来ねぇのか?」 そう言われて、俯く。 「もし、俺が蔵馬の立場だったら‥‥と思うと──」 「でも、でもね」というの声を遮り‥‥ 「わかってる。しかし、それでも、一緒に居たいと思うもんじゃねぇのか?」 「あら、黒鵺。の心配をしてくれるの?」 「あ?あの女の心配?この俺が?‥‥なんでだ」 (なんでって──) 「だって、あの女はお前に任せておきゃ勝手に治るんだろ?お前がそう言ったんだぜ。俺はただ‥‥」 (勝手に治るって‥‥。失礼ね、は物じゃないのよ) のことを、『どうも思っちゃいない』という黒鵺の態度に再びムッとするが、喉元で堪えながら「ただ‥‥どうしたの?」と聞いてあげる。 「俺も副将だからよ、蔵馬には何かしてやりたいと思ってな」 「そ、そう‥‥なの」 「あいつ、平静を装ってるが、相当ヤバい状態だと思う。だが俺は、あいつに何て声をかけたらいいのか、正直わからねぇ。ったく参るぜ」 「でもね黒鵺。こればっかりは、一緒にいて治る病気じゃないのよ。むしろ一緒にいない方が安全だわ。それに‥‥私たちはあの病に慣れてるから平気よ」 「慣れてる?」 「えぇ。私もあの病に5回ぐらい罹ったことあるもの。人間界では結構よくある病なのよ。あれ」 あまりにもあっけらかんと話す。『一緒に居ても治らない。むしろ一緒にいない方が良い』は、おそらく正しいのだろう。 しかし黒鵺は、蔵馬を目で指しながら腕組みをして、何か納得できないと首を傾げていた。 「それでも‥‥が苦しんでいたら、俺は──」 それ以上は何も言わず、ふいっと視線を逸らした。 そうだ──彼らは何も知らない。見たことも無い病に苦しむ様を目の前にして、彼らが今、どれほど不安を抱えているのか‥‥。 うな垂れている蔵馬を横目で見て、あまりのバツの悪さに目を背けてしまう。 その目を背けた先には黒鵺の顔があって、『言ってやれ』と、クイッと顎で蔵馬を指し示す──。 おずおずと、は蔵馬に近づく。 「あ、あの‥‥」 ギロリと、上目遣いで見つめる蔵馬。 に向けられる眼と全然違う──恐ろしく冷たい瞳。 (うぅ‥‥。見慣れているけど、この人の瞳は緊張するわね) 「さっきは、あの‥‥ごめんなさい。私、酷いこと言いました。貴方は、苦しんでるを見るの、初めてだったんですよね──」 「‥‥‥‥何が言いたい?」 蔵馬がのそっと立ち上がる。は、反射的にビクッと飛び上がる。 あまりに怖さに顔が引きつり、助け舟を借りようと黒鵺に目をやるが、彼は腕を組み、クイクイッと顎を蔵馬に向ける。 ぐ‥‥意地悪そうにニヤついている──。読唇術なんか出来ないけど、「いけっ、ほらいけっ」と、絶対そう言っている。 「つまり、えっと‥‥えっと‥‥お願いしようかなって〜。の看病を」 ガサゴソと何処かからマスクを取り出し‥‥「これは『病』の感染から予防──」なんて。の話なんか聞いてられるかって感じで、蔵馬は猛スピードでの部屋へと駆けていった。 (‥‥早っ!) 呆気にとられるを横目に、黒鵺はため息をついて宙を見つめる。やがて、疲れたようにソファに座り込んでしまった。 ここで始めて、蔵馬だけじゃなく、黒鵺も相当不安だったのだと知らされる。きっと彼も心のどこかで、蔵馬を支えなくては──という思いがあったのだろう。 「黒鵺、大丈夫?」 が、そっと黒鵺に手を伸ばす。その手を、黒鵺が静かに包み込んだ。 広くて大きい‥‥優しい手。でも、いつものような温かさは無く、ひんやりとしている。 「黒鵺の手、すごく冷たいよ。疲れてるんじゃないの?少し横になった方がいいよ」 くったくのない笑顔で笑うに、黒鵺は不思議な顔をして眉をひそめる。 「今朝から疑問だったのだが‥‥なぜお前は笑っていられるんだ?」 「え?」 「倒れた女を目の前にしても、お前は声を挙げなかった。動揺もしていなかった。冷静に診立てをし、薬を飲ませ、人払いをし──。何もかも、これから起こるであろうことも──全てを知り尽くしているかのようだった。何故、お前はそうも冷静だったのだ?」 は、その場でしばらく考えて──「だって‥‥慣れてるもの。さっきも言ったじゃない」と答えた。 「インフルエンザっていってね。人間界ではよくある病なの。罹るたびに、『あ、まただ』ってわかるぐらいにね」 飄々と話すに、黒鵺は目を丸くするばかりだ。さも“あの病”が日常の出来事のように、サラリと言ってのける。 「そういえば黒鵺。さっき、『感染』とか『うつる』とか、意味が分からないって言ってたわよね。貴方たちって、『病』にかかったりはしないの?のように熱が出ちゃったりとか‥‥」 すると黒鵺は、「熱を出すのはしょっちゅうだ」と、笑う。 「勿論有るさ。『霊界特防隊』に襲われた時などに‥‥」 (それは、ちょっと熱のタイプが違うかと‥‥‥‥(汗)) 「確かに、あの時の黒鵺はみたい──ううん、もっと酷かった。血がいっぱい出て‥‥全く熱が引かなくて‥‥。私、このまま黒鵺が死んじゃうんじゃないかって、とても怖かったのを覚えてる」 は、黒鵺と初めて会った日のことを思い出す。黒鵺も、どうやら同じことを考えているようだ。あの日からずいぶん経つというのに、まだ昨日のことのように記憶がフラッシュバックしている。 (そうよ。黒鵺は、私の部屋に寝かされてて‥‥) (がいなかったら、俺は‥‥) 新鮮なものが、二人の中を駆け抜けていく。 「あの時は、お互い大変だったよね」と、二人は、思い出話に花を咲かせた。
経験者から一言。インフルエンザはマジな話、本当〜に辛い(笑)。ただの風邪と思いきや、開けてみたらインフルエンザ!よくある話です(笑) インフルエンザどころか、人間界に蔓延している病の一切の免疫を持たない蔵馬と黒鵺。彼らへの2次感染を予防する。 しかし、苦しむを見ておれずに蔵馬がついに部屋に侵入(笑)。蔵馬は感染してしまうのでしょうか? 実は次ページで、恐れていた2次感染が発生します(←何故だろう。夢小説とは思えないシリアスさ‥‥(爆))。 |