(う〜ん‥‥眩しいなぁ‥‥) 眼を細めながら、が唸る。 そぉっと目を開けると、朝の光が燦燦とベッドに降り注いでいる。 窓枠にある掛け時計を見たら、針は6時を指している。 当たり前だが、朝の6時である。 (うわっ‥‥私ったら、15時間も眠ってたの‥‥?) 熱はもう引いていた。頭痛も関節の痛みも無い。ただ‥‥‥‥寝すぎて腰が痛い。 体を起そうと、柵に手を添えようとした時、片手がふさがれているのに気づいた。 「ん?」 軽く顔を上げると‥‥蔵馬が、の右手を握り締めていた。 床に立て膝をつき、上半身はベッドに倒れこむ形で眠っている。 (もしかして‥‥ずっと?) 体中がカアッと熱くなってゆく。 いつものは労わる立場。こうやって労われるのは、生まれて始めての経験である。 なんか、嬉しいというか、恥ずかしいというか──何なんだろう?こそばゆい感じ? いますぐ蔵馬を起こして、笑顔を見せて、安心させてあげたい筈なのに‥‥もう少し、このまま労わられていたい。 もう少し寝ちゃおうかな?と、頭を下ろそうとした時、ドアが開いた。 「あ、。起きたの!?」と、が静かに入ってきた。 は心の中で、「あぁ、惜しいところを!」と呟き‥‥苦笑いを込めてコクンと頷いた。 「熱は?気分はどう?」 は、蔵馬を起こさないようにと、ソロソロと入ってくる。 果たして、鼻や耳が効く蔵馬に対して有効かどうかわからないが‥‥せめてもの気遣いだ。 「うん。もう平気。ゴメン、丸一日寝ちゃったみたいね」 「いいわよそんなの。そうだ、念のため、体温計で体温測ってみてよ」 蔵馬の頭上に手を伸ばし──から体温計を受け取る。 いつもだったら、わずかな振動や物音にも反応して飛び起きる蔵馬。そんな彼なのに、自分の頭上を人が横切ろうが、全く起きる気配が無い‥‥。 「蔵馬さん、そうとう疲れたみたいね」 が蔵馬の顔をそっと覗き込む。 「なんか、ずっとついてくれてたようだけど‥‥大丈夫かなぁ?」 「大丈夫って────あぁ、“うつる”かもってこと?」 は、困ったように自らの髪を撫でながら‥‥。 「一応、忠告したんだけど聞かなくってさー。どうしてもの側にいたかったみたい。多分、怖かったのね‥‥。の苦しむ姿を見たの、初めてだったから──」 そういえば‥‥と、は蔵馬に目を落とす。『労わられて嬉しい』と言ってしまった自分が恥ずかしい。 そんな中、体温計のアラームが鳴る。 「良かった、熱が下がってるわ。ほら、36度7分よ」 「すっご〜い。1日で平熱なんて!」 蔵馬を挟み、ついヒートアップして大声で話していたら、ぐっすりと眠っていた蔵馬の指が、ピクリと動いた。 (ヤバイ、起こしちゃたったかな?) 「う‥‥ん」 のそ〜っと、ゆっくりと起き上がる蔵馬。しかし、急に何かを思い出したかのように、ガバッと顔を上げた。 ふと、と目が合う。 「お‥‥おはよう‥‥」 なにを言ったらいいのか分からず、取り合えずはニコリと微笑む。 目を見開き、じっとの目を見つめ続ける蔵馬。 さっきまでうなされていたが、今はベッドから起き上がり、自分に笑みを投げかけている。 「‥‥」 が、静かに首をかしげる。あっけらかんとした表情で、「?」という笑みだ。 「もう大丈夫よね、」 が、蔵馬の後ろから話しかける。 蔵馬は、驚いて後ろを振り返った。どうやら、が背後に立っていたことに気づかなかったようだ。 しかし振り返って、開け放たれた部屋のドアの前で、黒鵺がこちらの様子をうかがっていたことには更に驚いたようで、思わず顔をしかめてしまった。 「ハッ、お前が背後を取られるなんてなぁ──。その女に気ィ取られて、後ろの気を掴むの忘れたんだろう。ケッ、盗賊の“頭”も形無しだな〜」 ふふんと──意地悪く腕を組みながら部屋に一歩踏み出した黒鵺は、まるで蔵馬を俯瞰して見ているようでもある。 なんだか小馬鹿にされたようで、ムッとしながらも────。 「何を言う。お前だって、俺の立場になれば同じだったろう」と、冷たく返した。 「‥‥まぁな」 「ずっと付いててくれてたの?ゴメンなさい、心配かけて」 が、蔵馬の手をぎゅっと包む。 (冷たい手‥‥) 極度の緊張とストレスからか、手は氷のように冷え、静かに震えている。 「ゴメンね、ゴメンね」と、は蔵馬の手を温めるように、何度も擦ってあげる。 すると蔵馬は深くうな垂れた。緊張の糸が一気に解れたのであろう。の温かな手を握り締め、深く‥‥深く安堵したのである。 ──次の日── は全快した。 気分もすっきりと心地よい。飛ぶようにベッドから起き上がり、窓を思いっきり開け放つ。漏れてくる光と爽やかな風を全身に浴び‥‥は、生き返ったように深く深呼吸をした。 今の音を聞きつけ、蔵馬が駆けてくる‥‥。 (やっぱり、あと1日だけ、寝ていてもバチは当たらなかったかも‥‥)と、ちょっと後悔するであった。 その後、インフルエンザは、黒鵺に感染することはなかった。 そして、に付きっ切りで看病し、ウイルスを大量に浴びているはずの蔵馬も、感染しなかった。 しかし‥‥なんと、が感染してしまったのである。 「ゴホッ、ウゥ‥‥ゴホッ!何でぇ?何で私なの〜!?」 は40度の高熱に浮かされながら、黒鵺の寝ずの看病を受けることになってしまった。 黒鵺の顔を見る度に、深いため息が漏れてしまうのは何故だろうか。 「おい、どうした!?気分でも悪いのか?」 黒鵺の取り乱しようは尋常ではなかった。 何度も「死ぬな」と叫び、病人にそんなセリフは縁起でもないから言わないでとに叱られていた。 だが黒鵺は、が何度「大丈夫」と説明しようが納得せず、しまいには寝込んでいるに「ウルサイ」と言われていた。 「ったく、なんだあいつは。俺には“頭”としてどうとか言っていたが‥‥。自分に降りかかれば俺の比ではないではないか。あいつだって、賊の副将だというのに──」 部屋からは、黒鵺の叫び声だけが聞こえてくる。は、呆れてもう何も言わなくなった。何を言っても黒鵺の耳には届かないだろう。 (黒鵺さんって、もうちょっと強そうな方だと思ったのになぁ〜) 部屋では、半狂乱の黒鵺がを看病している。 自分が苦しむたびに黒鵺が慌てて身を乗り出すので、心配かけて悪いなぁとは思うが‥‥今はかける言葉もみつからず、「‥‥何でもない」と、ただ小さく呟くのみである。 (私が一番、ウイルスに遠い所にいたのに‥‥) もう一度、黒鵺の目を見る。 改めて、蔵馬と黒鵺──いや、妖怪の免疫力と体力に感服し、対して、人間の弱さといったら‥‥。 何故か、無性に泣けてくるであった──。
やっぱりというか、妖怪には感染しません。当初は、2次感染の犠牲者は蔵馬のはずでした。しかし、彼の基礎体力を考えた結果、『有りえない』という判断に‥‥(笑)。
この作品。私としては、しっかりとした夢小説の話です。(汗)。
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