声の主はで、無事を伝える通信だった。は勿論、霊界鬼も安堵し胸をなでおろした。 「蔵馬には会えたの?―――――――えぇ!?」 一転、みるみるうちにの表情が曇っていく。 雲鬼と雷鬼は、二人の話しぶりを見てなんとなく察したらしい。蔵馬はおそらく──。 「あ、あのね。あの‥‥。蔵馬も、黒鵺のようにケガしてたって。意識‥‥無いんだって」 「そうか‥‥。まぁ、そうなることだと思ったよ」と、雷鬼は冷たく言い放った。 愕然とするだが、霊界鬼はその言葉を聞いても眉一つ動かさない。逆に、それみたことかと互いの顔を見合った。 「あの後、ハンターにやられたんだろうな」 「ああ。霊界のハンターは優秀だからな。彼らの手から逃げ切れる者などいないよ。例え、あの『妖狐・蔵馬』でさえもな」 は深いため息を付き、目頭を片手で押さえる。 疲労がピークにまで達している。少しでも気を抜けば眠ってしまいそうなぐらいだ。でも、寝てなんかいられない。黒鵺はケガ、蔵馬もケガ。は今、蔵馬の側での助けを待っている。 「ねぇ、貴方達に頼みがあるんだけど‥‥」 ハンターの自慢話に咲いていた霊界鬼の動きが、ピタリと止まる。嫌な予感がした。 「あのさ、蔵馬もここに連れてきてくれない?」 言うと思った。 「お前、本気で言ってるのか?」 「そうよ」 「相手は『妖狐・蔵馬』だぞ。わかってるのか?」 「だって‥‥」 さすがにこれは断りたかった。しかし、ここまで来たら乗りかかった船だ。やるしかない。 「仕方ねぇな。雲鬼、行ってやってくれよ」 「ちょっと待って!さっき作った担架、きっと必要になるわ。持ってって」 担架が必要となれば、雲鬼一人では運べない。には、蔵馬を乗せた重い担架を雲鬼と共に運ぶ力は無い。の言葉は、遠まわしに『雷鬼も行ってくれ』にしか聞こえなかった。 ここでを独りにするには危険なような気もする。しかし、ぐずぐずしていると蔵馬は死んでしまうかもしれない。 「‥‥わかったよ、俺も行こう」 雷鬼は、の頭をポンポンと軽く叩いた。 「もし黒鵺が起きて襲ってきたりしたら、これで我が身を守れ」と、雷鬼はに電気銃を渡した。 霊界鬼を見送った後、は黒鵺の横に座ると、ぐっと手を握り締めた。 「頑張って‥‥。頑張ってね」 音の無い魔界の夜。静寂の闇の中、二人だけの時間が静かに流れていく。 もしこの場で黒鵺が目覚めたら、自分はどうなるのだろう?妖怪の自己治癒力は凄まじく早いと聞いている。特に、目覚めてからの治癒力は驚異的らしい。 人間ならとっくに死んでいるであろう傷。妖怪だからこそ、黒鵺は生き延びられた。ここに運んだ時には止血はほぼ完了し、傷も今は塞がりつつある。妖怪の自己治癒力は、もはや想像もつかない。 (人間じゃ‥‥ないのよね) なんだか急に怖くなってきた。言い知れぬ恐怖が、今になって止め処なく湧き上がってくる。 助けたいと思ったのは本心だし、助かってよかったと思う。早く目覚めて欲しい‥‥。でも、今目覚めたら殺されるかもしれない。 はジレンマに陥り、どうしたらいいかと黒鵺の手を取った。すると──。 「‥‥黒鵺?」 「う‥‥っ、うぅ‥‥」 黒鵺の人差し指がピクリと動いた。 「黒鵺!黒鵺!」 悩んでいたジレンマも吹っ飛び、は黒鵺の名前を連呼した。 うっすらと、黒鵺が目を開く。透き通るような美しい瞳に、は鳥肌が立った。 竹林の中で映えた、この者の真の美しさを、改めてその瞳の中に垣間見た。 しかしその瞳も、すぐに苦痛に歪んでしまう。歯を食いしばり、の手もろとも、自らの手を強く握り締めている。 「痛っ‥‥!」 黒鵺の強い握力に耐えかね、は片方の手で彼の拳をなんとかこじ開ける。 どこにこんな力が残っているのだろう──?は、手を擦りながら思った。 「‥‥‥っ!女‥‥か?‥‥ここは‥‥どこだっ!?」 気丈にも起き上がろうと体を起こしたが、体中に激痛が走るのか、再びベッドに倒れこんだ。 「ここは、私の家です。大丈夫ですよ。追っ手もここまでは来ませんから」 は、苦しそうに咳き込む黒鵺の胸を優しくさする。 「蔵馬は‥‥何処だ?」 黒鵺はそうに問い、ベッドの柵を掴んで立ち上がろうとする。 「ちょっと‥‥。まだ安静にしたほうが良いですよ。──黒鵺、今は無理だってば!」 瞬間、互いの息がかかるかの距離で、二人の目が合った。 が黒鵺を見つめる。黒鵺も──を見つめ返した。 ―――――――しばしの沈黙が流れる。 (この女は──)黒鵺は、目の前のが、竹林の中ですれ違った人間だという事に気づいた。 魔界の中で、人間は異質な存在だ。例え一瞬のすれ違いだったとしても、強く記憶に残っている。 「お前は‥‥あの時の女だな。‥‥蔵馬は、どうした?」 一瞬同じ空間に居合わせたというだけなのに、蔵馬の動向を知っていると決めてかかる黒鵺。 その態度には少しムッとしたが、これから蔵馬がここに来るため、『知らない』と答えるわけにはいかない。 「えっと‥‥蔵馬さんは逃げる途中で追手に追われたらしくて。先ほど、傷を負っているのを発見しました」 黒鵺の目がくわっと開かれた。 は思わず怯んだが、「私の友人が蔵馬さんをここに連れてきます」と、つとめて冷静に答えた。 「連れてくる‥‥だと?」 「ええ。私が貴方をここに連れてきたように──」 黒鵺は、己の体に初めて目をやった。体中の至る所には包帯が巻かれ、右腕には点滴の針が‥‥。 女の身からは殺気は感じられなかった。いや、むしろ助けられている。 盗賊を助ける者が居て、それが人間とは。痛みと朦朧とした意識が相まって、すぐには事実を受け止められない。 「もう少し眠った方が良いですよ。あなたに危害を加えるつもりはありませんから、安心してください」 黒鵺が再び眠りについたのを確認して、キッチンへと向かった。 冷蔵庫を開けようとした時、玄関のドアがカチャリと開いた。 達が帰ってきたのだ。 「心配したのよ!蔵馬には会えたの?」 「会えたわ。黒鵺より傷が深くて‥‥」 がドアを開け放ったまま答えると、霊界鬼は簡易担架に蔵馬を乗せたまま家の中へ。 がの部屋のドアを開けると、霊界鬼は、まるで物でも扱うように蔵馬をベッドに寝かせた。 その時、予期せぬ事が起きた。手荒にベッドに寝かせた振動からか、蔵馬の瞼がパチリと開いたのだ。 |