物置と化している空き部屋の段ボールの整理を始めて、既に2時間。 一片の隙間無く、ピッチリと積まれている家具と段ボール。片付けても片付けても終わりが見えず、とは深いため息を漏らしている。 山のような荷物に、『一体何が入っとるんだ?』と、コエンマは不審顔で眺めていたっけ‥‥。 荷造りしている最中は数など気にも留めなかったが‥‥こうやって見ると、確かに多かった。 「ねぇ、少し少し休憩しましょ」 「そうね。お茶入れてくる」 がキッチンに行くと、が窓の外に目をやる。 晴れやかな風景と暖かな光が目に飛び込んできて、閉じこもって荷物の整理をしている時間が勿体ないと思えてくる。 (ここを散歩したら、気持ちいいだろうなぁ〜) ここが魔界であることをすっかり忘れて、両手を広げて深呼吸をした。 「オイ」 突然、背後から声をかけられた。 威圧的で──聞き覚えのある声に、ビクリと体が硬直した。 恐る恐る振り向くと、コエンマが腰に手を当てて仁王立ちしていた。 「ゲッ‥‥!」 失礼な言葉を浴びせてから‥‥「あら、コエンマ。こんにちは」と、は気まずい挨拶をかける。 「ゲッとはなんだ。今更ちゃんと挨拶しても遅いわ、コラ!」 「いや、あの‥‥。いつの間に‥‥」 コエンマは、ろくな挨拶も返さず、を叱り付けた。 「ほれ、ドアが半開きだぞ。あの妖怪どもはこの家に居るのだろう。部屋に鍵をかけんと危ないではないか」 コエンマは相当怒っているようだ。 彼の言うあいつらとは、誰であろう蔵馬と黒鵺の事。 おそらく、先ほど霊界鬼と無線で交わした会話の内容が全て“作り話”だと、ばれてしまったに違いない。だから、こんなに怒っているのだろう。 「あ、えっとぉ‥‥さっきはゴメンね。アハハハ」 さてどうやって謝ろうか?取り合えず、笑って誤魔化す。 ヘラヘラしたの態度は明らかな逆効果で、コエンマの顔は、見る間にどんどんと引きつっていく。 「お前というやつは、つくづく──!」 ついにコエンマの怒りは頂点に達し、説教しようとふんぞり返った瞬間──。 ゴン!! 「痛てっ!!」 半開き状態のドアが、もの凄い勢いで更に開かれ──コエンマの後頭部に、ドアの角が直撃した。 (うわぉ‥‥痛そ‥‥) 顔をしかめ、とても冷静に────がその光景を傍観する。 「いっててて‥‥」 ヨロヨロとドアに凭れかかり、その反動でカチャリと閉まった。 「何?‥‥今の音」 がドアをそぉ〜っと開けると、コエンマが、しゃがみ込んで自身の後頭部を擦っているのが見えた。 「あらっ、コエンマ!‥‥こんにちは。えっと‥‥。ごめんなさい‥‥痛かった‥‥わよね」 が、罰悪そうに謝罪する。 「いっ‥‥もっとゆっくり開けんかコラ!」 「ゴメンなさい。ドアが半開きだったから、勢いあまってつい‥‥。だって、まさかコエンマが居るとは思わなかったんだもの」 が、ドアの隙間から心配そうにコエンマの顔を覗き込む。 「全く‥‥お前らはここで一体何をしとるんだ?」 呆れたように、コエンマがに向き直って聞いた。 「何をって──」 「お前らは人間なんだぞ。それ分かっ────」 遠くから、ヒタヒタと足音が聞こえ、コエンマの顔に緊張が張り詰めた。 瞬間、コエンマはドアノブを力任せに手前に引いた。 「キャッ‥‥」 ドアに体を預けていたは、部屋の中へと足をよろめかせた。 「お前らは!」 そこには、蔵馬と黒鵺が立っていた。 コエンマは、二人の妖怪に対峙する形となってしまい、あまりにも予想外で驚きを隠せないようだった。 とも互いの顔を見合い、驚愕する。 あれほど瀕死の傷を負っていたというのに‥‥まさかもう、動けるまでに体が回復しているなんて。 彼らの傷はすでに殆ど癒えているのか、不要になった包帯が廊下に捨てられていた。 「コエンマ‥‥。霊界の統治者だな」 蔵馬は、コエンマに視線を向けた。 黒鵺は、何やら眼で蔵馬に合図を送っている。 一体何をするつもりなのだろう? は三人に挟まれながら、異様な威圧感と圧迫感を肌で感じていた。 蔵馬達の妖気がどの程度回復しているか──には全く分からないが、これだけはわかる。コエンマを殺すだけの力が‥‥蔵馬達には既にあるのだということを。 コエンマも、それに気づいているのだろう。一瞬たりとも蔵馬達から目を離そうとしない。 目を逸らした瞬間、それが攻撃の合図となるのかもしれない。 まさに一触即発。どちらも相手の出方を伺っていて、凄まじい緊張感がビリビリと部屋中に張り詰めている。 とは、この場をどうにかしなきゃと焦り、何か策は無いかと囲まれながらも辺りを見回した。 彼らの注意を、ほんの少しでも逸らせることができたら‥‥。 彼らが動けないなら──達が動くしかない! 「はい、そこまで!」 は両手を叩いて場違いの空気を作り出すと、強引にコエンマと蔵馬の間に割って入った。 「片付けるから、あっちに行ってて下さいねー」 突然の出来事に、彼らは呆気に取られてしまう。そのスキにと、は黒鵺と蔵馬の腕を抱えると、部屋の外へと連れ出した。 「どういうつもりだ」 「な‥‥何がですか?」 「なぜ俺たちを連れだした?」 「なぜって‥‥。このままでは、あなたたちがコエンマに危害を加えるように思えたからです」 蔵馬と黒鵺は、反論しなかった。 は、蔵馬と黒鵺の体をざっと見渡した。 「確かに、貴方の言いたい事は分かります。霊界に、こんな傷を負わされたんですものね」 痛々しい傷跡には同情する。でも盗賊する方が全面的に悪いんだから、『自業自得』でしょ?なんて、口が裂けても言えないけれど。 「霊界のハンターならまだしも、統治者を殺してしまったら貴方たちは死罪ですよ。逃げたところで、一生追われる羽目になりますよ」 「それが‥‥どうした」 追われるなど何てことないと、黒鵺はニヤリとほくそ笑んだ。 盗賊の彼らにとって、霊界のハンターに追われるのは日常茶飯事なのだろう。しかし、盗賊して追われるのと、統治者を殺して追われるのとでは、罪の重みが違う。 「私たちと関わりのある霊界の住人に手を出すのは、止めて下さい」 「なぜだ」 そんなこと反論されても困る。 「そいつらに雇われているから──。そうだろう?」 蔵馬は、横目でチラリとに目を送りながら、冷たく言い放った。 確かにそれもあるが、 とが半ば強引に蔵馬と黒鵺を助け、家に連れていき、ご丁寧に怪我まで治してやった。 恩を仇で返すような事をしてほしくない。彼らがそんなことをするとも思いたくない。 それでは完全に蚊帳の外だったコエンマが浮かばれない──。まだ死んでいないけれど。 「あなた達がこうして生きていられるのは、霊界のおかげですよ。二人とも助けようって、霊界鬼は必死に治療してくれたんです。それだけは分かって下さい!」 お願いします、お願いしますと、 は何度も頭を下げて懇願し続けた。 そんな気迫に押されたのか、蔵馬はコエンマに手出ししない事を約束し、黒鵺にも同意を求めてくれた。 後に蔵馬に聞いた話だが、の懇願は鬼気に迫り、このまま無視してコエンマに危害を加えたら、『霊界を敵に回すより恐ろしい目に遭いそうな気がした』そうだ。 「わかってくれると思ったわ。じゃぁ、コエンマに改めて挨拶しましょ」 清清しい気持ちでドアノブを回す。全てが解決し、満面の笑みを浮かべて「お待たせ!」と言うつもりだったのだが──。 コエンマは、怒りと戸惑いが入り混じった顔で三人を迎え、更には、苦笑いを浮かべながらをじっと見つめていた。 「‥‥二人ともどうしたの?やけに沈んだ顔しちゃってるじゃない」 状況を飲み込めないが、あっけらかんと尋ねる。 が、コエンマの顔を横目で見ながらおずおずと立ち上がり、の耳元で──。 「の話‥‥こっちにまで筒抜けだったのよ!」と囁いた。 「え!?嘘ヤダ!ど、どの部分が?」 「全部よ〜!丸聞こえだったわよ」 は肩をすぼめ、エヘヘと罰の悪そうな顔をした。 全部バレた。 妖怪を助けた。家に入れた。治療した。そしてそのまま──泊まらせている。しかも普通の妖怪ではない。コエンマが忠告していた妖狐蔵馬と黒鵺だ。 もはや、何から怒っていいのかわからない。 コエンマは、頭を抱えて深くため息を付き、重い口を開いた。 「皆と話がしたい。全員だ。リビングに来い」 |