リビング横──ダイニングテーブルの椅子に、が座っている。 向かいの席にはコエンマ。そして隣には、たった今やってきた彼の部下──ジョルジュが座っている。 ジョルジュは、ヘラヘラといつもの調子でやってきた。遅れて申し訳ないと謝ってるのに、悲しいかな、謝っているように見えないという、ちょっと損な人。そんな彼を、いつもの調子でコエンマが一喝する──。 まるで漫才のような二人。 とにとっては、ジョルジュはとても癒される存在である。特に、今のような緊張が張り詰める場では──。 一方、蔵馬と黒鵺は椅子には腰掛けず、少し離れた廊下の壁に凭れかかっていた。 はお茶を入れ、コエンマ、、ジョルジュ。そして── 「はいお茶。熱いわよ」と、黒鵺と蔵馬に渡した。当たり前のように、とても自然に──。 無知とはいえ、妖怪を恐れぬの行為には驚いたが、もっと驚いたのは‥‥人間が与えた茶を、二人がなんの警戒もせずに飲んだことだった。 空のお盆を持ったが、そそくさとコエンマの隣に座ると、コエンマは軽く咳払いをし、さっそく本題に入った。 「あ──と、その‥‥なんだ。とにかく、二人とも無事でよかったよ」 開口一番がそれ? とは、互いに顔を見合った。てっきり、責められるものだと覚悟していた。 「責めないの?だって、私達がした事は──」 「仕方ない」 「仕方が無い?」 「ああ。大方、あいつら妖怪にそうしろと脅されたのだろう。だから、わしはお前達を責めるつもりは無いよ」 霊界と人間は善、妖怪は悪。とても分かりやすい『偏見』に満ちた言葉だ。 がチラリと黒鵺を見ると、彼は腕組みをしながら壁に凭れて、静かにお茶を啜っていた。 なんだか妙に人間みたいで、しかも日本人っぽくて、は堪えきれずにクスッと笑ってしまう。 「お前、聞いとんのか!?」 「ごめんなさい。でもコエンマのその言い方ってさ、まるで黒鵺たちが全て悪いって、決め付けてるみたいよ」 の言葉に、ジョルジュは「え!?違うんですか?」と、身を乗り出して聞いた。 「『脅された』なんて台詞、通信では一言も言ってないわ。ねぇ」 「えぇ」 「えー!ビックリだなぁ」 今度は、椅子に凭れて仰け反るジョルジュ。そのオーバーリアクションを、は楽しそうに笑い返した。 「アハハじゃないだろコラ!笑いながら話すことではないわ」 相手だと話の筋が掴めず、コエンマは、に改めて問い直す。脅されてやったことだろう?と──。 しかし、は首を横に振った。 「確かに提案したのは彼らだけど、その案に乗っかったのは私達よ」 「なんで了承したんだ?」 「‥‥なんとなく」 行き当たりばったりで危機感が無さ過ぎると、コエンマは机を拳で叩いた。そして頭を抱え、ため息を付きながらテーブルに突っ伏した。 それは、よほど実に見ごたえのある光景だったのだろう。蔵馬がフンッと、鼻で嘲笑った。 「何がおかしい!?」 蔵馬は答えなかった。黒鵺は目線を逸らして、必死に笑いを堪えている。 コエンマは姿勢を戻すと、目頭を押さえてひとしきり悩んだ後‥‥に向き直った。 「お前達の行動は‥‥まぁ過ぎたことだ。水に流そう。だが、こんな状態ではお前達をここに残してはおけんな。いますぐ帰るぞ。準備しろ」 「はぁ!?何よ、いきなり!私、帰るつもりなんて無いわよ」 が断固拒否すると、コエンマの眉間にしわが寄った。 「つべこべ言うな!帰るぞ」 コエンマは席を立つと、の手を掴もうと手を伸ばした。しかし、はその手を払い除け──黒鵺の左腕を両手で掴み、体を預けたのだった。 黒鵺は、の突飛な行動に一瞬焦りを感じたが、彼女の手を払いのけることはしなかった。 この家の中で、コエンマが近づけない場所。それは妖怪の周り。黒鵺にしがみつくのは名案だ。 「強情だな、お前は!」 「どっちが!?無理やりなんて、酷いわよ」 案の定、コエンマはを黒鵺から引きはがすことはできず、ただその場に突っ立って声を荒げることしかできないでいる。 へっぴり腰の統治者。黒鵺は、彼の姿を“情けなく愚かだ”と俯瞰して眺めていた。 とジョルジュは、いつの間にやらテーブルを離れてソファーに座り直し、二人の言い争いを端で傍観していた。 「ゴメンね‥‥。って言い出したら聞かないからさぁ」 まるで他人事のようなである。 「コエンマの言いたいことは分かるし、とても心配してもらって、本当にありがたいと思う」 霊界鬼を使いに寄こさず、わざわざ自分から魔界に来てくれたのだ。そこまでしてくれる上司はいない。 「でも、私はここに残りたいの。ジョルジュ、貴方なら分かってくれるでしょ?」 「でもなぁ〜。やっぱり、ここに残るのは危険ですよ。だって相手は‥‥」 霊界が恐れる、冷徹な蔵馬と黒鵺なのだから。 「一緒にいて、殺されちゃったらどうするんですか?!あぁ〜想像したら怖くなってきた〜!怖いなぁ〜」 が襲われている様子を脳裏に浮かべてしまったジョルジュは、冷や汗を掻きながら全身を身震いさせる。 しかしはジョルジュの肩を叩いて──。 「無いわよそんなの。もしそうだとしたら、既に私達は襲われているはずでしょう?」 「そ、そうですね〜」 頭を掻きながらもジョルジュは、「じゃぁ、貴方が襲われないのは何故ですか?」と、逆に尋ねた。 聞かれたは、ふと蔵馬に視線を向けた。 ジョルジュもにならって視線を向け‥‥蔵馬の眼差しにドキリとした。彼の目線の先にはの姿があった。 彼女が蔵馬に視線を向けるよりも先に、を見つめていたのだろうか? とても極悪非道な妖怪とは思えない。優しそうに、愛しそうにを見つめる彼の瞳に、ジョルジュは思わず息を呑んだ。 これではまるで‥‥‥‥‥‥。 ジョルジュが、に声をかけようと口を開いた瞬間──。 「いい加減にしてよ!」 激昂したの怒号に、ジョルジュは勿論、全員揃ってテーブルに目を向けた。 「聞き分けの無い事を言うな!!」 「聞き分けがないのはどっちよ!私は帰らないって、さっきから言ってるじゃないの!」 堂々巡りばかりで、双方とも一歩も譲らない。 一向に解決しない二人の押し問答に、溜まらずが割って入る。 「ゴメンねコエンマ。勝手に決めちゃって申し訳ないと思ってるわ。でもね、私達はここに残りたいのよ。興味本位や駄々こねての考えじゃないのよ」 「でもお前‥‥」 「魔界に来る前、コエンマは言ってくれたじゃない。私達の自由にやらせてくれるって」 確かにそんな約束をしていた。『達の“自由”に仕事をしていい』。そう説得して魔界に来させたのは、他ならぬ自分だ。その条件だからこそ、二人はこの仕事を引き受けたのだ。 しかし、こういう“自由”の選択肢があるなんて、一体誰が想定できるだろうか──。 「勘違いするな。わしは魔界から去れと言っておるのではないぞ。魔界で暮らせばいいんだ。でも、この家で暮らすのはダメだ。お前たちは別の家に住む。それだけのことだ」 これ以上黒鵺と蔵馬と一緒にいてはらならない。まして同居なんてとんでもない。 「だから、帰るんだ」 とは、それでも首を縦には振らなかった。 せっかく建てた魔界の家だ。ここを手放して他に移ったところで、今より良い条件の暮らしになるはずない。 それでなくても、ここら一帯は美しく、まさに『絶景』という言葉が相応しい。 澄んだ青空がどこまでも高く、雲の切れ目から光の帯が走り、庭を鮮かに照らす──まるで夢の世界だ。 鳥のさえずりと木のざわめきも、歌声みたいで心地よい。こんな所で過ごせたら、どんなに素敵だろう。 それに、蔵馬と黒鵺を助けたのもあり、彼らが全快するまでは放っておけない。なおもごねていると──。 「ここに残ればいいさ」 気がつけば黒鵺は、の耳元で口を開いていた。 |