闇に咲く花 第2部−6話

 暗黒武術会がついに開幕した。
 血生臭い大会と聞くが、妖怪達の一大イベントと聞かされると、人間でありながら祭りのようでワクワクしてくる。
 夜勤明けのは、せめて開会式を観てから寝ようと、メインスタジアムにやってきた。
 チケットが無くても職員は会場には入れるが、さすがに席の配慮までは無く、立ち見である。
 天井が無い開かれたスタジアムの中央部から花火が打ちあがり、歓声が沸き上がった。
「これより、暗黒武術会を開催いたします!」
 実況の小兎が片手を挙げて意気揚々と叫ぶと、観客たちは待ってましたと言わんばかりに、拳を振り上げて叫んだ。
「殺せ!!」
「八つ裂きにしろ!!」
「人間を殺せ!!」
 周囲の怒号に、は驚いて辺りを見渡した。
 妖怪たちの祭りとはいえ、彼ら妖怪にとって、人間はここまで嫌悪される存在なのだろうか?
 コエンマから「霊気を隠すイアリングは決して外すな」と言われていたが、理由がわかりゾッとした。
 観戦している妖怪たちは、蔵馬と黒鵺みたいに、動物の耳・尾・翼を持ち、どこかしら人間とは異なっている。
「コスプレしてきたほうが良かったかしら?」
 霊気は隠しているものの、なんだか怖くなってしまい、二人はそそくさとその場を退散した。
「大会は始まったばかりだし、明日また来ましょ」

 ホテルに帰る道中、会館に入れなかった妖怪たちが、憂さ晴らしに近くの妖怪を捕まえては八つ当たりの喧嘩を吹っかけ、あちこちで諍いが起きていた。
 妖怪らは、腕章を付けたをジロリと見ては、華奢で脆い肢体をあざ笑うかのように鼻で笑った。
 イアリングで霊気を消してはいるが、『何の“気”も存在しない』というのも、これまた不自然で怪しいようだ。
 その際、決め手となるのは“容姿”なのだろう。人間か・妖怪か・霊界か──。わざと聞こえるように当てっこをし、失礼な態度に二人は嫌悪感を覚えた。
 しばらく無視していると、妖怪らが複数人、ヘラヘラ笑いながら後をついてきている。
 次第に妖怪たちは、容姿の値踏みをし始めた。
「あなた達!!」
 たまらずが振り返ると、妖怪は「おっ!やるか〜?」と、舐め切った目をして挑発する。
「貴方たちの言動は迷惑行為にあたります。守衛を呼びますよ!」
「エヘヘ怒られちゃった〜。呼んでみろよ、ね〜ちゃん。それまで俺と遊ぼ〜ぜぇ」
 妖怪が、の腕を掴もうとした瞬間だった。
 鋭い刃物のような何かが一瞬──の前を掠め、離れた木に突き刺さる音がした。

「ギャアアァァァ!」
 見ると、妖怪の手首から先が無かった!
「キャァ!」
 が後ずさると、妖怪は崩れるように地面に倒れこみ、青ざめた形相でを見つめた。
「こいつ‥‥なんか術を使いやがったぞ!!」
「おっかねぇ、なんて女だ!」
 そう叫び、恐れおののいた妖怪たちは、地を這い蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
、今のって‥‥」
「分かんない。今、何か目の前を通ったのよ!」
 震える声で、自分の体を確認する。傷は無いし痛みも無い。
 確かに今、何かが通った。一瞬通り過ぎた“何か”が、妖怪の腕を切り落としながら、すり抜けていった。
 銃弾のような小さい物ではない。妖怪の顔が隠れるぐらいの、何か‥‥。
 思い当たる点はある。の身に危険が迫った時、助けようする者はいる。
(もしかしたら黒鵺?でも、人間界にいるわけ‥‥ないわよね)

 深夜勤。
 夜勤明けで、今度は深夜勤だ。昼間に十分寝ても、時差ボケで睡魔が襲ってくる。
 は、コーヒーを飲んで目を醒まそうと提案し、給湯室へ。
 日中、あれほど活気で賑わっていたホテル内は、シンと静まりかえっていた。
 ポツンと残ったは、あの時一瞬通り抜けた“何か”がまだ気になるようで、腕組みをしながら背もたれに体を預けている。
 “何か”を探しにいこうにも、飛んでった先は立ち入り禁止区域にあたるため、確認しにいくのは不可能だ。
 頭を小突きながら悩んでいると、医務室受付に設置してある呼び出しベルが鳴った。
「どうしました?」
 要件を尋ねようと小窓を開けると、そこには、三つ編みをした可愛い女の子が立っていた。
 その子は人間のようだが、こんな深夜に少女が医務室を訪れるのは、なんとも不思議な気がした。
「こんにちは。お名前は?どうしてここにいるの?もしかして、迷っちゃったのかな?」
 ちょうど給湯室から帰ってきたも、彼女の視線に腰を下ろし、優しく尋ねる。
「可愛い子ね。心配しないで、すぐお部屋に連れてってあげる。部屋番号は分かるかな?、調べてあげて」
 が棚から観客名簿を取り出すと、女の子はため息をつきながら、「私は選手だ」と答えた。
「選手?嘘言わないの。だってあなた、人間の女の子じゃ──」

『暗黒武術会には、“人間”が強制的にゲストとして選ばれる』

「もしかしてあなた‥‥この大会のゲスト?」
「ああ、そうさ」
 二人は、信じられないと互いを見合った。どうみても、あどけない10代の少女なのだから。
「なぜ、ここに?お怪我でもされましたか?」
「いや、人間の娘が働いてるってコエンマから聞かされてねぇ。ちょっと見てみようと思ってさ」
「コエンマとお知り合いなんですか?」
「あぁ。閻魔大王の息子だろう?」
「ええ。では、私達が霊界から派遣されたということもご存知ですか?あの、その事ですが、秘密でして──」
「別に言いやしないよ。それ知ったところで、誰に話すのさ」と少女は笑った。

 は給湯室からもう一杯コーヒー持ち込んだ。不思議な少女を囲んで、医務室は急遽女子会へ──。
 魔界でも人間界でも、話し相手の女性がいなかったにとって、少女との出会いはとても嬉しく、その後の大きな支えとなっていくのである。

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