『幻海』と名乗る少女に、とは矢継ぎ早に質問をぶつけた。 どうしてゲストに選ばれたのか?強制というのは本当か?優勝者に褒美がもらえるのは本当か?チームはどう確保したのか? だが、強制参加の人間は詳しいことを知らされていないらしく、幻海は「知らない」と答えた。 「何も知らされずに闘うなんて、怖くは無いのですか?」 「そんな事言ったって、仕方無いだろ」 アッサリとした物言いをする幻海に、とは、互いに顔を見合って首をかしげた。 「なぜ逃げなかったんです?逃げようと思えば、できるでしょう?」 がそういうと、幻海は不満そうに顔をあげた。 「逃げ回るのはご免だね。でもあんたのその言い方、私に逃げることを勧めているように聞こえるんだけど」 「そんなことは──!」 「どうやらあんた、逃げた事があるようだね」 ズバリ言い当てられたが、何も言えずに黙っていると、幻海はフッと鼻で笑った。 「たとえ逃げても、結局は戻ってきたんだろ?それならそれで、いいじゃないか」 なんと鋭い子だろう。もっとも、相手の隙や弱点を見つけるぐらいの“勘”が無ければ、この世界では生きていけないかもしれない。 「それより、あんたらも物好きだね。人間なのに武術会で医者として働くなんてさ。一体どこでこんな仕事を見つけてきたんだい?」 「新聞の求人広告を見まして」 「へぇ!?すごいね。暗黒武術会ってのは、そんなに世間に広まってるのか?」 幻海が目を丸くすると、「ウソウソ!」とが手を顔の前で慌てて振った。 「ただの成り行きですよ。コエンマから誘われました」 「親はどうしたのさ。こんな危険な仕事をして、何も言わないのかい?」 「親は‥‥いません。幼いころから霊界で暮らしていました」 「幼少期から霊界で?人間のあんたらが?」 「私達が暮らしていた集落で戦が有ったらしく、泣いていた私達を霊界が引き取って下さったんだそうです。私を育ててくれたのは、霊界鬼と案内人の方々です」 は、コーヒーをスプーンでかきまぜながら静かに語った。 「霊界に育てられましたが、私達は人間です。だから、学生生活を送るために人間界に降りました。でも一般常識を知らないし、全然社会に溶け込めないし、自分が何歳なのかも知らないし‥‥」 「ずいぶん否定的だね。一般常識や社会常識なんか、覚えれば済む話じゃないか」 「医師になって人間界で働きましたが、住む世界を霊界に移して、再び医師として働きました。最近は住居を魔界に移して‥‥」 「やたらと環境を変えるんだね。で、行き着いた世界はどこなんだい?」 「‥‥正直、迷ってます」 「あんたは人間なんだから、人間界で生きる権利はあるよ。コエンマだって、ダメとは言えないはずさ」 「人間界は好きですが、どうも居づらくて」 「なんでさ」 「えっと‥‥。私達と他人の時の流れが、なんとなく違うんです」 「と、いうと?」 幻海は、興味深そうに身を乗り出した。 「先日、中学時代の同級生だった友人が不慮の事故で亡くなり、ぼたんが案内人として霊界に連れてきたのですが、その方の年齢、45歳なんです。となると、当然私も‥‥」 「お世辞じゃないが、あんた45歳には見えないよ」 「ええ。私たちの姿、衰えてないんです。周りが霊界人だらけで、どのくらいの時が流れているか知る機会が無かったのもあるんですけど。人間界と霊界では時間の流れが異なるのかとコエンマに聞いた事があるのですが、それは無いと」 「そりゃ、そうだろうね」と、幻海はコーヒーを飲み干した。 「人間であって人間じゃないか。でも、そんなのどっちだっていいじゃないか」 「え?」 「私も人間だけと、こんな武術会なんかに出てさ。武闘家じゃなかったら、今ごろ何してるんだろうねぇ私は」 しばらく考えていたが、何も浮かばなかったようで、「私は今の生活に不満は無いよ」と答えた。 「寿命が長かろうが短ろうが、与えられた命を全うするだけさ。さて、私はそろそろ帰るよ。明日は試合だからね」 掛け時計を一瞥しながら、空になったコーヒーをに手渡した。 「ごめんない、長く引きとめてしまって」 「いや、あんたらみたいな人がいてよかったよ。武術会は暇だし、仲間は男ばかりで話し相手がいないしね」 「私達も楽しかったです。是非また遊びに来てくだいさいね」 幻海を見送ると、時計は既に深夜2時を指していた。 「なんだか喋ってたら小腹が空いたわね」 売店に行って夜食を買ってくると、はに告げて医務室を後にした。 ホテルA棟に宿泊しているのは、大会初日までは、選手・運営&医療スタッフのみで、宿泊費は無料。 しかし、選手は負けたら即日中に退去命令が下される。 つまり、試合が続くにつれ空室は増えていくのだが、宿泊費さえ払えば、観光客であっても空室に泊まる事が出来る。 (お金を払ってまで、一般人がこんな危険な棟に泊まりたいかしら?) 部屋は全て満室。日中ならいざしらず、深夜だと、誰がどこに泊まっているかわからないというのは、なんとも不気味だ。 もしここでドアが開いて、部屋に連れ込まれたらどうしよう‥‥という不安がよぎり、出来るだけ壁側に寄り、足音を立てないよう靴を脱いで後ろ手に持ち、は暗い廊下をヒタヒタと歩く。 腕章を付け、身辺が護られているスタッフの身でも怖いのに、ここに好き好んで泊まる観光客の気が知れない。 (夜勤前にお弁当を買ってくるんだったなぁ〜) 嘆きながら歩いていると、目の前でドアがガチャリと開く音がした。 (うそっ、隠れなきゃ!) キョロキョロと辺りを見渡すが、ここは共通廊下の一本道。隠れ場所なんて、どこにもないのに今気づいた。 身体が硬直して動かないの前に現れたのは──。 「え‥‥く‥‥黒鵺?」 |