闇に咲く花

ヒロイン暗殺計画!?蔵馬悪夢の1日 4話

 ガタッ──。
「な、なんなの?」
 カウンターの角ばった天板が背中に食い込んで、痛みが走った。
 退路がなくなったには、更ににじり寄ってくる蔵馬を交わす術はなく‥‥そのまま圧されるように仰け反ってゆく。
 抵抗されても、蔵馬はやめようとはせず、更にを圧しやった。
 は、蔵馬には力では勝てないのを悟り、せめての意味を込めて、彼の胸に爪を立てて引っ掻いた。
「くっ‥‥!」
 ふいに、銃の痛みが走る。蔵馬のこめかみから、一筋の汗が頬を伝った。
 蔵馬の力が緩んだ瞬間、は逃げ出そうと蔵馬の胸に手を付き押し返そうとしたが‥‥あっけなく、その手を掴まれてしまう。
 肺が、蔵馬とカウンターに挟まれて圧迫されてゆく。
 がここで降参しさえすれば、さすがに蔵馬だってこれ以上のことはしないのに。
 まだ左手が自由に利くは、その手でなおも蔵馬の胸に手を当てて押し戻そうとしている。
 力で敵うはずはないのに──。
 頑固というか、強情というか。しかし、それでいて精神的に脆い。『強くて脆い女』。今まで魔界で、何人もの女をはべらせてきた蔵馬だったが、こんな女は初めてだ。
 苦しげにも、時折うっすらと開かれるの瞳は、ただまっすぐと蔵馬を見据えて離さない。
 そこには恐怖や哀願などは一切存在しない。情けを請うことも、涙を流して謝ることもない。
 眼を逸らすことなく、真摯に見つめ返してくるの瞳に、蔵馬はただただ圧倒され、愛おしさがこみ上げてくる。
 なおも抵抗し続けるの唇を塞ごうと、蔵馬が頬に手を伸ばした時だった。

 バキッ──!!

 折り畳み式の天板の蝶番が、音を立てて外れた。
「キャッ」
 の悲鳴とともに、そのまま崩れ落ちるように、重なり合いながら2人は床へと突っ伏した。
「大丈夫か!?」
 一瞬の出来事に何が起きたか分からないは、放心したまま蔵馬を見つめている。
 返事をせず呆けているに、蔵馬が心配になってもう一度問うと、ようやく小さくコクリと頷いた。
「怪我は‥‥っっ!」
 の頬に触れようと手を伸ばすと、脇腹に痛みが走った。
 この刺す様な痺れを伴う痛みは──あの時のものだ。
 あれから数時間経つというのに、まるで、撃たれた瞬間のような痛みに近かった。
 蔵馬はに馬乗りなっている為、どこうとして体を起こすものの、あまりの痛みにバランスを崩す。
 咄嗟にの肩に手を添え、もう片方の手は自身の痛む脇腹に当て、痛みが静まるまで必死に堪え続ける。
 しかし、痛みの波は早々には収まらず、の肩に添えられた手は、じわじわと力が込められてゆく。
 蔵馬の苦しそうな表情に、も、彼の腕をおいそれと払いのけることはできないでいる。
「どうしたの?」
「なんでも‥‥ない。‥‥うっっ!」
 痛そうに顔をしかめる蔵馬に、さすがには心配になってきた。
「もしかして‥‥ケガをしているの?」
 蔵馬は答えなかった。言いたくない。霊界──ましてや雲鬼に撃たれたなんてに言えず、蔵馬は、苦笑いを浮かべた。
「俺のことは‥‥いい。お前こそ、ケガは‥‥していないか?」
 が小さく首を振る。
 蔵馬は、の肩を掴んでいた手を放し、そのまま頬に手をやった。
「‥‥すまなかった」
 蔵馬の指が細かく震えている。だがこれは──決して痛みのせいだけではない。
 妖怪である自分は、魔界では強大な力を持っていると自負している。それなのに、たかが人間の小娘を愛し、威嚇し、射竦め、動揺し、そして‥‥しまいには愚かにも許しを請う姿は、果たして他の妖怪にはどう映るのだろう。
(どうして俺は、この女を──)
 は人間だ。俺を含め、妖怪が蔑んで止まない愚かな生き物の1人にすぎない。そんなことは、頭では分かっている。分かっているのに──。
 初めて逢った時から、蔵馬は何度も何度も、自分自身に言い聞かせた。この女は“人間”なんだと。
 しかし、の姿を見れば、愛おしいと思う。護りたいと思う。自身の命とを秤にかける状況に追い詰められれば、当たり前のようにを選んでいる。今回のように──。
 生乾きの銀の髪を伝って、ポタポタと雫がに滴り、彼女の首を濡らしていく。
 首を冷たく這う滴に、はその都度小さく肩を震わせるが、冷たい雫に交じって、温かな滴も流れ落ちてくる──。
(蔵馬、もしかして泣いてるの──?)
 何か言いたげなの瞳に笑みを返しながら、蔵馬はそっとから離れた。

 は、できるだけ蔵馬に迷惑をかけないよう、気を付けてはいるつもりである。
 だが、根本的に『霊気』が原因と言われてしまったら、打つ術がない。自分の力ではどうしようもない。降参だ。
 以前、妖怪嫌いの雷鬼は、が蔵馬と関わっていることを咎めていたが、最近は何も言わなくなり、責めることもしなくなった。
 だからといって、賛成してくれているわけではない。
「強い妖怪を味方につけておくのはいいことかもしれん。バカな雑魚妖怪でも、報復を恐れればお前に手出しはしないだろうからな」とに言い放ったのだ。
 そんなつもりで蔵馬と関わっているわけじゃないのに。
 今、蔵馬はブローチを身に着けて妖気を抑えている。雲鬼に言うには、彼は“最下級妖怪”とされているらしい。
 それでも、は命を狙われてしまった。
(強い蔵馬を味方に付ければ私は襲われないだなんて、嘘ばっかり)
 何がいけないのだろう。に原因があるのは明白だから、この際は置いておくとして──もしかしたら、蔵馬にも何らかの問題があったりはしないのか。
 しかし、今の蔵馬に妖気は無い。彼を殺したころでなんの得にもならない。妖怪に襲われる理由などない筈。
 いや、違う。無くなってはいない。蔵馬の妖気は“ゼロ”ではない。
 抑えきれないほどの蔵馬の強大な妖気が微かに漏れて、それを他の妖怪に拾われてしまっているのだ。
 蔵馬とは“他人”として動いているものの、やはりこうして会ったりもする。
 仮に蔵馬が10回襲われたとして、自身だけに降りかかった災難であれば、払いのけることが出来るだろう。
 しかし、そのうちの1回にも加われば、このような面倒な事態に発展してしまうのである。
 面倒は極力避けたほうがいいに決まっている。蔵馬から漏れた妖気が妖怪に拾われることが危険ならば、彼が“最下級妖怪”と位置づけられていることさえも、ダメということだ。
 完全にゼロにならなければダメなのだ。
「ねぇ蔵馬、怒らないで聞いてくれる?」
 またろくでもないことを言い出すのだろうと、蔵馬は落胆しながらもに耳を傾ける。
「蔵馬のブローチと私のイアリング、取り換えましょうよ。明日、雲鬼にお願いしてみようと思うの」
 一体何を言い出すのかと、蔵馬はの意図が掴めずに「いらん」と返したが、いちおう理由を聞いてみる。
「蔵馬のつけているブローチって、妖気を限りなくゼロに抑えることは出来るけど、それでも完全にゼロにはできないじゃない?だから蔵馬って、ほんの少〜しだけど妖気を外に出しているの」
「知っている」
「え、知ってた!?」
「当然だ。黒鵺の妖気を探れば、自分の状態もわかる」
「そ‥‥そうよね」
「何が言いたい?」
「言いにくいんだけど、今の蔵馬って、私達のスタッフの間では、その‥‥その‥‥」
「弱い妖怪と言いたいのか?」
 蔵馬はアッサリと認めた。今の自分が“最下級妖怪”であることを。
「わかって‥‥た?」
「黒鵺と俺は同じ条件だ。あいつが“最下級妖怪”と位置付けられているならば、俺も同じということだからな」
 は申し訳なさげにゆっくりと頷くと、雷鬼に言われた言葉を蔵馬に伝える。
「くだらんことを──。俺には関係無いことだ」
「でもでも、最下級妖怪って、強い妖怪に狙われちゃうんだって!だったら、いっそ妖力なんか無い方がいいじゃない?」
「何を言っている。狙われたのはお前だろう」
「う‥‥」
「今回の事は、俺の妖力とは無関係だ。確かに、快楽を求める妖怪の中にはそういう奴もいるだろうが、それが全てではない」
 ただ、と関わってからは、体を張る機会が明らかに増えたのは事実。だがそれは、決しての責ではない。それを伝えても意味がないし、酷なだけだ。
 しかし、もしもに備えて注意はしておくのは大事である。
「今回の事は、過ぎたことだからまぁいいが‥‥。これに懲りたら、あまり妖怪には関わるんじゃない。先ほどお前が話していたあの男どももそうだ。全く、どうしてお前は次から次へと‥‥」
「それって、酎や陣のこと?」
 親しげに名前を呼ぶに、蔵馬は途端に不機嫌になって目を逸らした。
「今日は、お前の口からよくその妖怪の名が出るな。その妖怪を信頼しているのか?」
「ええ。信頼しているけど、どうして?」
(どうして──だと?)
 普通の女はこんな風にアッサリと認めないし、逆に「どうして?」などとは聞かない。直球で聞き返された蔵馬は返答に困ってしまった。
 雲鬼が言っていたことだが、は『愛』について非常に疎く、その都度蔵馬をやきもきさせてイラつかせる。
「どの程度信用しているんだ?」
「かなり。なんで?」
 蔵馬は大きくため息を吐くと、自身の心を落ち着かせるために椅子に腰かけた。そして、遠くを見つめたかと思うと、に向き直り、再び聞いてみる。
「俺と比べて、どのくらい信用できる?あの男どもも妖怪だが、それについてはどうだ。妖怪は妖力にともなって知力も上がる。俺が見たところ、あの男どもの妖力は、所詮は下級の──」
 の言い方も悪いが、蔵馬も他者を見下すような言葉で『棘』がありすぎる。
「そんな言い方は失礼だわ。彼らはとても良い方たちよ。そりゃ、私だって妖怪のことはよく分からないわ。だから、貴方の言う通り『妖怪の強さ=知力』かもしれないけれど、それに“優しさ”も一緒についてくるとは思ってないわ。蔵馬もそう思うでしょ?」
 蔵馬は、否定も肯定もせずにの次の言葉を待つ。
「私達、積極的にあの方達に関わっていきたいと思ってるわ。雲鬼も、この事を話したら応援してくれたの」
 霊界鬼の名前が出て、蔵馬は眉間にしわを寄せる。
「人間と妖怪と霊界って、どこか異物同士でしょ。それが知り合いになって友達にもなれるって素晴らしいことじゃない。あの人達は、私が人間だと知っていても変わらずに接してくれているのよ。誰かに喋ったっていいのに、ちゃんと黙ってくれているの」
「おい、どうしてあいつらはお前が人間だと知っている?まさかとは思うが、自分の口から明かしたのか?」
「そ、それは──。ここに来たばかりの時、うっかりイアリングを着けるのを忘れちゃって」
 ゾッとした。なお悪い。
 エヘヘと苦笑いするを見ていると、頭が痛い。には危機感が全くというほど感じられなかった。
「お前が人間であることを他者に漏らさないのは、あの妖怪どもの策かもしれん。とにかく、もうあいつらには関わるな。お前の立場上、避けるのが難しいのならば、俺があの妖怪どもを始末してやってもいい」
「始末?それって、殺すってこと?」
「そうだ。生かしておけば、あとあと面倒になるだろう」
「やめてよ!どうしてそういうことばかり言うのよ」
「そういうこと──とは?」
「殺すとか、始末するとかよ。どうしてそうアッサリ言えるの?なんですぐ実行しちゃえるの!?今回の件だってそうよ。わざわざ私を殺すために病人を仕立て上げるなんて、酷すぎるわ!」
「確かに、病人を仕立て上げる罠を張ってまでお前を捕えようとしていたとは、この俺も思いつかなかったな。計画性がなかったのが幸いしたが‥‥侮れんな」
(そういう意味じゃないわ。ねぇ‥‥。病人に仕立て上げられた人間が可哀想だとは思わないの?気の毒だとは?どうして思わないのよ)
 魔界では、と共にも暮らしていたが、蔵馬はに対して何も干渉しないし、自ら用が無い限り口を利くこともしない。
 が目の前で殺されそうになったとしても、蔵馬は手を差し伸べることはしない。
 しかし、陣たちだって蔵馬と同じ妖怪であるのに、にもにも等しく手を差し伸べてくれる。ほかの者にだって、彼らは真摯で優しい。
 でも、彼らはあくまで一線を引いている。今日の蔵馬のように、を命がけで救おうとはしない。
 妖怪として、どちらが正しくて、どちらが良いのかはわからない。人間とは明らかに何かが違う。命に対する価値観が──根本的に違う気がする。
「蔵馬、あなたにとって人間って何?どういう存在?」
「‥‥どういう意味だ」
 少し怒ったような口調で蔵馬が聞き返した。
「あなたたち妖怪は、人間の命を一体なんだと思っているの?私はね、医者として貴方たちの──!」
 蔵馬が、机を拳で叩いての言葉を遮った。
 今まで向けられたことのない、怒りに満ちた金色の鋭い瞳がそこにはあった。
「お前こそ‥‥自分の命をどう思っている。なぜそうして笑っていられるんだ!」
 自身の失敗を晒すのは屈辱になるが、蔵馬は事の顛末をに語った。
「俺は、お前を救えなかった。‥‥間に合わなかった!悔しいが、霊界鬼が駆けつけなければ、お前は今ここにはいない。お前を失うことが、俺にとってどれほど恐ろしいことか、わからないというのか!!」
 再び拳を机に打ち付けた。
 を救えなかった。あんな雑魚妖怪が張った陳腐な罠に気付かなかった。この俺が──。
 人間界に来てから、どうも平静でいられない。その理由がわからないまま、無情にも時だけが過ぎていく。
 一刻も早く、を連れて魔界に帰りたい。魔界にいたら、こんなミスは犯さなかった。
「言っておくが、俺には説教や戯言の類は通用せん。お前の生死に関わる者がいれば、俺は躊躇いなくそいつを殺す。お前がいくら霊界の処罰をチラつかせようが、俺にとっては脅しにもならんぞ」
 このまま人間界にいたら、いつか大きな失態を犯してを失ってしまうのではないか‥‥。そう思うと、怖くてたまらない。
「無知といえば聞こえがいいだろう。だが、お前の場合は‥‥‥‥なんだ!?」
 急に、蔵馬の顔が険しくなった。
 殺気に満ちた妖気を感じ取った蔵馬は、スッと席を立つと、を引き寄せて自身の背に隠した。
 そしてそのまま静かにドアから遠ざかり、死角となる壁に背をつけて、息を殺して気を探る。
 単なる通行人ではない。明らかに蔵馬に対する殺気に満ち、こちらに近づいてきている。
「んー‥‥」
 の口を手で覆い、喋るなと忠告する。
 が苦しそうに、上目づかいで蔵馬を見つめている。
「静かにしていろ!凄まじい殺気を含んだ妖気だ。近いぞ‥‥。おそらく、この部屋に向かってきているな」
「!!」
 とたんに、が震えだした。額から冷や汗が噴き出し、口を覆っていた蔵馬の手の甲に滴った。
「‥‥大丈夫か?」
 真っ青な顔をしながらも、懸命にうなずくだが、とても大丈夫そうにはみえなかった。
 『命の危機』。間接的に狙われていた時とは全く違う。直接、殺気が身体に纏わりつく、独特な空気が辺りに漂い始めている。
 蔵馬を見つめるの瞳は、次第に縋るように涙を含ませていた。
 さすがにこんな形で直接的に命を狙われれば、いかなであっても危機感を抱くようだ。しかし──。
 たった今まで、自分が狙われていることを自覚しろと叱り、が敵を恐れることを望んでいたというのに、いざが恐れて震えている姿を目にした途端、心が張り裂けそうになった。
 俺は、一体何がしたかったんだろうか。のこのような姿など、決して望んではいなかった筈だ。
 は本来は死ぬ筈で、それをいかにして自分が守ったかを恩着せがましく伝え、わざわざ怖がらせる必要などあっただろうか。
(俺がしたことは‥‥)
 の命に危険が及べば助ける。護りたいから護る。ただ、それだけだ。見返りなど存在しない。
 魔界ではいつもそうしていた。人間界でも、それは変わることはなかった筈なのに。
 情けない。俺は一体、何にイラつき、怯え、焦っているのだろうか。この世界──この人間界の何が、俺の心を狂わせているのだろうか。
「許してくれ‥‥」
 の震えが治まるまで、背中から強く抱きしめながら、蔵馬は懇願するように耳元で囁いた。
「お前は俺が護る。だから‥‥何も心配するな」
 殺気のする方向を見つめる蔵馬にならってが目をやると、扉を足で蹴って開け、暗闇から2人の男が現れた。
 男たちは、部屋の隅で息を殺している蔵馬を発見した。
「へぇ〜。おめぇ、妖気を感じない割には、良い勘してるだなぁ。よく俺らの殺気に気づいただ!鋭いだべな〜。なぁ鈴駒」
 体をフワッと浮かしながら、陣がカラカラと笑う。
「ああ。でも、感じるだけじゃダメだけどね」
「あったりまえだべ!」
「いくら殺気を感じるのが上手くても、オイラたちの攻撃を避けられなきゃ、自慢になんないしね〜」
 鈴駒はポシェットからヨーヨーを取り出しながら、シュルシュルと操ってみせた。
「貴様達は何者だ。用件があるなら聞いてやろう」
 殺気を浴びている割には、至って平静な蔵馬の言葉に、鈴駒は意外な顔を見せる。
 てっきり、自分らとの妖気の違いを鑑みて命乞いをしてくると思っていたからだ。
「へっ、バカ言うなっつ〜の。おいら達、あんたの後ろにいるちゃんに用があるんだ。だから‥‥その手を放しなよ!!」
 鈴駒がヨーヨーを蔵馬に向かって投げつけた。
 蔵馬はを抱え上げると、ヨーヨーを交わしながら廊下に飛び出した。
「そこに伏せていろ」
 を降ろして正面に立つと、飛びかかってくるヨーヨーに臆することもなく手を伸ばした。
「へっへ〜ん。むだだね♪正面から向かっていこうだなんて、オイラのヨーヨーは‥‥何ぃ!?」
 蔵馬はヨーヨーの軌跡を目で追うと、糸を手繰り寄せ、いとも容易く素手で掴みとった。
 妖気が封じられているとはいえ、A級妖怪である。鈴駒程度の妖気が操るヨーヨーの軌跡を追うことなど、蔵馬にとっては容易いことである。
 蔵馬は、なおも腕に絡みつこうとするヨーヨーの糸を手荒に引きちぎると、そのまま窓から外へと投げ捨てた。
 ツゥ‥‥っと腕から一筋の血が肘に伝い、ポタポタと床に滴り落ちた。
 傷口から滴る血を舌で拭うと、ククッと鈴駒に怪しい笑みを浮かべる。
 妖気を送り込んで鋼と化しているはずの糸。腕を切り落とすほどの威力があるのに、いとも簡単に掴みとり、素手で切って捨てた蔵馬の行動に、鈴駒の足が震え出した。そして──蔵馬の恐ろしい金の瞳に、冷や汗が頬を伝った。
(なんだよアイツ!なんかほかの妖怪と違うよ!)
(すんげぇ殺気を感じるだ。なんだかコイツつえぇぇぞ!)」
 妖気こそ感じられないが、自分たちより遥かに『強い』かもしれないという不安が過った。このままではやばい。
、早く‥‥早くこっちへ来るだよ!」
 陣がに向かって手招きをするが、は蔵馬の後ろに隠れて出てこようとしない。
 は、蔵馬が、いつのまにか自分の白衣から拝借したハサミを、ナイフ代わりに構えて間合いを探ろうとしているのに気付き、慌てて制止する。
「やめてください!あの方達は、悪い妖怪ではありません」
 あくまで“他人”を装いながら、スタッフとして止めに入るに、蔵馬は従おうとはしなかった。
「言った筈だ。それは、お前が決めることではないとな」
「でも、陣と鈴駒は──」
 沈黙と緊張が走る。陣と鈴駒はその場に固まって動くことができない。少しでも動けば斬られてしまう!
 妖気は感じない。だが、とても不気味なものを肌で感じる。この妖怪は強い。自分達なんか比べ物にならないくらい──。
 お互いに、一瞬の隙を伺っていた──その時。

「お前たち、何をしている!」
 その沈黙は、あっけなく破られた。

人間界に来てからイラついている蔵馬。ついにも声を荒げます。実は、蔵馬のセリフは他にもあったのですが、「それではただの八つ当たりです」と先行の方がストップをかけてくださいました。感謝です(爆)。
先行を通してUPするのは、管理人としては失格かもしれませんが‥‥だって不安なんですもん!(←開き直る(;^_^A)。
蔵馬がどうしてやたらカリカリしているのかは、慣れない土地にいるせいもありますが、一番大きな理由は次話で‥‥ヒント『は魔界に居た頃、蔵馬と黒鵺以外、男性との接触がなかった‥‥』モロバレですね。

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