闇に咲く花

ヒロイン暗殺計画!?蔵馬悪夢の1日 3話


 聞けば、酎はから聞いたというではないか。
(あのバカが──!)
 蔵馬が、舌打ちをしてかぶりを振った。
 どうせ口裏合わせをしてに伝えられたものと同じ内容だろうが、それにしても‥‥。
 あくまで彼らは妖怪。なんでもかんでもホイホイ話すなんて、全く何を考えているんだと──。
「‥‥そ、そう‥‥なんですよ。困ったものですよ‥‥ねぇ」
 蔵馬の耳がピクピクッと跳ね、表には出さないが、彼が怒っているのがわかった。
 他の男が、馴れ馴れしく『』『』と呼ぶのが相当不愉快なようである。
「酎、あ‥‥あのね」
「あんな健気な子を尾け狙いやがって!細っせぇ体で一生懸命働いているのになぁ〜。『妖怪恐怖症』になったらどうしてくれるんだ。ったくよぉ〜!」
「だ、大丈夫ですよ。妖怪には良い人もいれば悪い人もいる。それは人間でも同じですから」
「おぉっそうかい!姉ちゃん、ありがてぇこと言ってくれるなぁ〜」
「そ、そうですか?エヘヘ‥‥」
「そうとも!妖怪も良いやつもいれば悪いやつもいる。俺らは良い妖怪だがな!ガハハハ」
(う‥‥酒臭い)
「ねぇねぇ、おいら考えたんだけどさ、ちゃんとちゃんの事、皆で守ろうって今話してたんだよ」
 もう嫌だ。これ以上、彼らのバイタリティにはついていけない。
(なんて間が悪くて、電光石火な人達なのだろう)
「姉ちゃん達には色々助けてもらってるからよぉ。お礼と言っちゃぁなんだが、守ってやろうってな。陣なんか、ちゃんのボディーガードやるって張り切ってやがるぜ。ワハハハ!」
(やめてやめてー、そんなことしないでー)
「あの、えっと‥‥それについては私たち、警備員に頼もうと思っていますので、お気遣いなく」
 が蔵馬の顔色を伺いながら答えると、酎は「それはダメだ!」と一喝した。
「そうだよちゃん。警備員ていっても形だけだよ。ちゃん達のことなんか護ってくれないよ〜!」
「今、凍矢が俺らを姉ちゃん達のボディーガードとして雇ってくれないか運営本部に頼みに行ってるんだ。どうせ大会は暇だしな。ちょうどいいぜ、ワハハハハ」
「暇‥‥だと?」
 つい、蔵馬が言葉を漏らしてしまった。
 酎は、微かな蔵馬の呟きを聞き漏らさなかった。不思議そうにの背後にいる男をじっと見つめている。
 は心の中で叫んだ。勝手に護衛なんて、そんなの困る。早く雲鬼に頼んで却下してもらわないと──!それに、暇つぶしにを護るなんて、そんな動機、ちょっと違うと思う。
「あぁっ、大変こんな時間!私はこれから仕事がありますので、これで失礼しないと‥‥」
「仕事って‥‥今は0時だよ。ちゃんは夜勤だから、10時で仕事は終わりの筈だよね?で、ちゃんは確か深夜勤だから──」
「えっと‥‥残業です残業!」
「へぇ〜。ちゃんは、武術会開催の前から忙しそうに走り回っていたけど、姉ちゃんもえっらい働きもんだなぁ〜」
 人のタイムスケジュールを調べてあげているなんて、ある意味怖い。
「でも、私達は大丈夫ですから‥‥」
「気にすんなっつ〜の。ちゃん達は“人間”なんだからさ、おいら達が護ってあげるよ!」
 蔵馬が、驚いたように目を見開いた。が人間であると知っているのは、スタッフでも一部の者達の筈なのに、どうして、ただの観客に過ぎないこの男たちが知っているのか。
「いい事言うぜ鈴駒!うんうん」
 これ以上は、どんなに反論しても無意味である。ここまで盛り上がっている彼らを、もう止めることなどできない。
 は、酎と鈴駒の顔を交互に見合うと、彼らの機嫌を損ねないよう、「で、では‥‥お気持ちだけ‥‥受け取らせて頂きます」とありがたくお断りする。
 面と向かって『嫌』と言えない人間という生き物のなかの日本人気質。そして、遠回しに断る『お気持ちだけ』。
 しかしその『遠回しのお断り』は、悲しいかな、彼ら妖怪には全くといって通じなかった。
 パァッと顔を明るくさせた酎と鈴駒は、「よっしゃぁ!じゃぁ、早速作戦会議と行くぜぇ!」と笑いながら去って行ってしまった。
(うっそぉ‥‥)
 彼らの背中をボーっと見送っていると、鈴駒と酎が背後から大きな声で呼びかけてくる。
「お〜い、何やってんだよ〜!ちゃんが来てくれないと、作戦会議が出来ないっつ〜の!」
「そうそう。さすがに、今はちゃんは呼べないからなぁ。ガハハハ」
「早く早くー!」
 蔵馬が軽蔑しながらを睨んでいる。
 これ以上機嫌が悪い蔵馬と一緒に居たくないのと、が人間であることを酎達が知っている理由を聞かれたくないのもあって、激しく気は乗らなかったのだが、は蔵馬に会釈を告げて酎の所へ駆けて行った。

 独り残された蔵馬は、今更あの男どもを捕まえての居場所を問い詰めるのも癪に障り、自力で探すことを試みる。
 暗い廊下を、足早に歩く。キレてしまいそうなぐらい苛立っているのが自分でもわかった。
 カツカツとやかましい音が癇に障る。夜の廊下に響く、自身の靴音。
 どうしてだ。なぜなんだ。あの男たちは何者で、とどういう関係なのか。なぜが“人間”だと知っている。
 しぼりだされた悲鳴のように、ぶつぶつと呟く。
 の無事を確かめるために探しているはずなのに、今、に会って一番確かめたいことは、『いつあの男たちと出会い、親しくなったのか』という、しょうもないものだった。
「くそっ!」
 魔界に居た頃は、こんな悔しい思いをしなくても済んだ。このブローチを身に着けてさえいなければ──。
 力が物を言う妖怪の社会において、今の蔵馬の妖気は明らかに不利である。今すぐここで、自身の強大な力をあの男どもに晒してやる事ができれば‥‥。
 だが、そんな安易な理由で妖気を晒すことなど、決して出来ない。
 をこの人間界で護るためには、ブローチを外すことは必ずしも得策ではない。
 自分の正体が暴かれるのが困るだけじゃない。
 を魔界に連れて帰る計画を遂行するためには、コエンマには絶対に自分の妖気を知られてはならないのだ。
 ブローチを外して妖気を暴露する時がくるとすれば、それは、の命が差し迫った時だけ──。
 全てを承知の上で、この人間界に来た‥‥筈なのに‥‥。
 つまらない感情が、蔵馬の中で渦巻いている。よりによって、あんな低級妖怪達に心を許させ、の名を呼ばせるなんて──。
 なにより、暇という理由でを護ると言ったあの男の言葉に腹が立つ。『暇だから護る』などありえない。
 月明かりに、自身の姿が窓に映し出される。乾ききらない濡れた髪と、血と泥で薄汚れた白装束。その姿は、あの男たちよりもみすぼらしく映ることだろう。
 自分をこれほど卑下しているなんて、魔界に居た頃は考えたこともなかった。
(俺は、どうかしているな)
 項垂れながら窓の外を眺めていると、ガラガラと何かが床に落ちるような音が聞こえた。
 その微かな声に蔵馬は反応し、声のした方に向かう。部屋に掲げられた『大食堂』という看板をチラリと確認しながら、引き戸を開けた。
 そこにいたのは‥‥だった。

「茶でも沸かして飲もうとしていたのか」
 が黙ったまま答えようとしないので、蔵馬は再度聞くことはせず、床に落ちていたやかんに湯を入れて火にかけた。
「蔵馬、その姿は‥‥?」
 なんとなく察しはつくものの、が問う。
 だが蔵馬は先ほどの同様、その問いに答えることはしなかった。
 お互いの問いに答えない2人。しかし『あうんの呼吸』で、口に出さずとも通じる何かがある。
 この状況は、何度か知っている。それは──“既視感”に似ているのかもしれない。
 湯が沸くと、蔵馬はポットに注いだ。そうするのが当たり前のように、とても自然に。
 魔界で、が料理する姿を日頃から見ていただけあって、ある程度人間界の機器について蔵馬は理解している。
「フフッ、なんだか不思議。蔵馬が人間界にいて、人間が使うキッチンを使っているなんて。まるで“人間”みたいよ」
 寂しげにつぶやくを横目に、蔵馬はカップに湯を注ぐ。
「でも、貴方は人間じゃない‥‥『妖怪』。私は妖怪じゃない‥‥『人間』」
 沈黙が流れ──が一層深くため息を吐くと、蔵馬は薬草を取り出して煎じ始めた。
「つくづく人間って不利よね。力も無い、能力も無い、寿命も無い。ほんと『無い無いづくし』だわ」
 蔵馬は無言のままに薬湯を差し出した。は受け取るや口に含み──苦い顔をして口を覆った。
「ちょっと‥‥。なにこれっ!」
「俺が煎じた薬湯だ。味は悪いが、心身が疲れた時にはよく利く。良いから飲め」
 眉間に皺寄せながら薬湯をちびちび飲んでいると、蔵馬はの向かいの席に腰掛け、「何か遭ったのか?」とに尋ねた。
「思い悩むというお前の悪癖だな。とにかく全てを吐き出すことだ。俺は確かに妖怪で人間界には疎い。それは認めよう。だが、これでも盗賊を束ねる頭だ。ある程度の助言ぐらいはしてやれるだろうさ」
「うん‥‥」
 するとは、蔵馬に訥々と話し始めた。
 まるで、薬湯に自白剤でも入っていたかのように、悶々とした悩みを吐き出すかのように話し続けた。
 蔵馬はその間、肯定も否定もせず、じっとの言葉に耳を傾け続けた。
 時折、「“人間”は──」「“妖怪”は──」と、両者を隔てるような言い方に引っかかる点はあったが、それでもの話が終わるまで、ずっと聞き役に徹した。
「なるほど。妖怪どもはお前からの命令を受けたがらないと言うんだな。それは妖怪が人間を下に見ているからだと──」
 は、うんうんと頷き、どう思う?と尋ねた。
 きっと蔵馬は、優しい言葉を返してくれる。を慰める、暖かい言葉をかけてくれると切に望んでいたのだが──。

「当たり前だろう」

 返ってきたのは、とても冷たく、冷酷な一言だった。残酷ともいえる惨い言葉がに突き刺さった。
「なんだ、その不服そうな顔は。『心配するな。お前の気のせいだ。人間も妖怪も霊界人も分け隔てなく対等だ。お前を殺そうとしたあの妖怪だけが例外だ』。そのような言葉を期待していたのか?」
 蔵馬は、の哀れむような瞳に臆することも、気後れするそぶりも見せなかった。
 むしろの目を見つめて、残酷な真実を突き付ける。
「心の傷を癒すためならば、真実よりも偽りの言葉が欲しかったか?見せかけの戯言に縋りたかったか?それを俺に言ってほしいと?」
 そんな意地悪な言い方、しなくたっていい。
 の目から、涙がポロポロと零れ落ちてく。あまりにも蔵馬の言葉が冷たくて‥‥悲しくて‥‥。
 それでも蔵馬は、から眼を逸らすことをしなかった。

 しばしの沈黙の後、蔵馬は重い口を開いてこう呟いた。
「俺には出来んな。偽りの気休めの言葉など、お前には伝えられん‥‥。偽りを吐いて、見せかけの安心を与えてやったところで、何一つ変わりはしないのだからな」
 蔵馬は、に改めて妖怪の危険性を伝える。妖怪の恐ろしさ、残酷さ、冷酷さを。
 が投げかける質問について、蔵馬は自分の知りうる限りのすべてを偽りなく答えた。
 投げかけられた質問の中には、辛いものもあった。「蔵馬の考え方も、他の妖怪と同じなのか?」と。
 しかし蔵馬は、自らを偽ることをせずに、「そうだ」と答えた。
 が、自分に対してさえ、嫌悪感を抱く恐れがあったとしても‥‥。
 それでも、妖怪と一定の距離を置くことでの危険が少しでも遠ざかるのならば、秤にかけるまでもない。
 は、蔵馬が霊界を忌み嫌って見下していた事は知っていたが、人間までをも蔑視していた事実には多少なりともショックだった‥‥。
 蔵馬は人間界に降り、暗黒武術会場で人間を観察していたが、どんなに立派と敬われる立場の人間でさえも、卑しく愚かで、賎しめるに相応しい存在にしか映らなかった。
 人間に対しての価値感自体は、と出会って以降も、変わることはなかった。
 しかし、自分が愛しているのは紛れもない“人間”だ。
 それは明らかに『矛盾』している。その矛盾が解決する日は、永遠に来ないかもしれない。

 は蔵馬の言葉に聞き入った。人間の事、妖怪の事、霊界人のこと。
 蔵馬の泥だらけの白装束と肌に残る擦り傷は、を連れ戻すために負ったもの。
 それを、あえて本人を目の前にして伝える。
 負った傷の代償を求めることはことはしない。に貸しを作るつもりも、かといって感謝を述べられるためでもない。
 ただ、自分の姿をに見せることで、自分の身が危うかったことは知っておいてもらいたい。
 魔界に居た頃、は妖怪らに拉致されたことがある。蔵馬は瀕死の重傷を負いながらもを助けた。※1
 花摘みに行った時にも妖怪に襲われたが、蔵馬はを助けた。※2
 そして‥‥この島に来て間もなくのころ、は妖怪に絡まれたことがあった。※3
 人間界なら幾分安全と、が油断していた矢先の出来事だったが、蔵馬にとって、この場所は魔界とそう変わりないと思っていた。
 魔界に居ようが人間界に居ようが、人間が妖怪の中で過ごすのは大変危険な事。
 今までの命が無事だったのは、その都度蔵馬が救ってくれたからである。
 過去に幾度も襲われながらも、今までが、その事を忘れていられたのは、蔵馬が目を光らせて護ってくれていたからである。
 もしかしたら他にも、妖怪に襲わそうになっていた所を、蔵馬が救ってくれていたかもしれない。
 蔵馬がいなかったら、はとっくの昔に殺されていただろう。
「ごめんね‥‥。痛かった‥‥‥‥?」
 が蔵馬の腕に手を添えれば、蔵馬は「気にするな」と言葉を返してくる。
 いつもの会話である。
 このやり取りは、これで何回目だろうか。そして、いつまで続くのだろうか。
 終わりはないかもしれない。が人間である以上、これからもいつまでも続いていくのであろうか。
「ねぇ蔵馬。あのね‥‥。あの‥‥ね。あの‥‥」
 蔵馬に掴まれた手を、は握り返す。
 は、空いた手で自身の髪を梳かしながらまごつく仕草──それはSOSにも似た重要な言葉の予兆だ。
 蔵馬は背をすっと正すと、何か言いたげなを目をじっと見つめた。
「あの‥‥ね。蔵馬は‥‥ね。人間の私と一緒に居て‥‥大丈夫なの?」
「どういう意味だ?」
「妖怪が人間を見下しているのはわかったわ。でも、だったら‥‥そんな人間の私と一緒に居ることがバレたら、蔵馬の株が下がったり、嘲笑われたり、部下に示しがつかなくなっちゃったりして、蔵馬が悪く言われちゃったりとか‥‥しないの‥‥かなぁ‥‥」
?」
 この先、人間と一緒にいるせいで蔵馬の威厳が弱まり、それで襲われやすくなったりしたらどうしよう。
 恐ろしいと噂に聞いていた蔵馬だが、人間とつるんでいるなら“大したことない”と思われてしまったらどうしよう。
「魔界に戻って、貴方のお仲間に私を紹介してくれる時が来ても、私のことは人間って言わなくていいわよ。妖怪ってことにしておきましょ」
「お前の存在を偽れというのか?お前を妖怪と紹介するのは危険すぎる。力があると誤解されてはだめだ」
(力があると誤解されたらダメって‥‥。力がないと最初から暴露されるのも空しいんですけど)
「だが‥‥なぜ、そのような事を言いいだすんだ?」
「だって私、蔵馬の負担にはなりたくないもの。私といるせいで蔵馬の威厳が落ちるなんて──そんなの絶対にダメよ!」
「バカなことを‥‥。そんなこと、言いたい奴には言わせておけばいい」
 それで刃向ってくるのなら、返り討ちにしてやればいいだけのこと──と、蔵馬は言うが、それでも、自分の責任で蔵馬の株が下がってしまうのは、ちょっと‥‥。
「私達、日中は会わないようにしようって決めたけど、それだけじゃダメだと思うのよね。夜もやめた方がいいと思うのよ」
「日中も無理、夜も無理か。ならば、いつ会うつもりだ」
「魔界に帰って再会すればいいじゃない。わざわざ会わなきゃいけない用事なんてないでしょ?どうしてもって時は、無線で連絡することにしましょうよ」
 納得できない蔵馬は、頭を振って拒絶を表す。
「確かに昼間よりは人の出入りは少ないけれど、万が一ってこともあるじゃない?だって、もし、人間と一緒にいることがバレたら、蔵馬だって──」
「俺は、そういう理由でお前と会わないと決めたわけではない!!」
「ちょっと!」
 静かな部屋に蔵馬の声が響き、ついは、口の前で『静かに!』と制止しながらキョロキョロとあたりを見回した。
 まるで小さい子供に言い聞かせるような仕草にカッとなった蔵馬は、の腕を掴みあげると、そのままカウンターまで追いやった。

∧※1…愛の秤〜俺が人を愛した日〜   ∧※2…花園   ∧※3…第2部-6話  
妖気の殆どがブローチによって抑え込まれているので、妖気が外に出せない‥‥何もできない蔵馬です。こういう時、黒鵺のような鎌は有利です。
ブローチを取れば妖気は使えるけれど、コエンマと雷鬼にバレるし、自分の正体をさらしてしまうので、おいそれと外せない。
小説のタイトルが蔵馬の『悪夢の1日』ということなので、EDを迎えて1日を終えるまで、悪夢はまだまだ続きます(笑)。

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