蔵馬が頭上のパネルを見上げたのと、そのパネルが点灯したのは、ほぼ同時だった。 突如、エレベーターの籠が開いた。 「あ‥‥あらっ?」 さぁ乗り込もうとした者が、思わず声を挙げて足を止めた。 「あ、貴方達。どうしてここにいるの!?」 「──?」 張りつめていた蔵馬との気まずい空気が解け、がホッと脱力する。 「、なんで?」 「な、なんでって言われても‥‥」 それはこちらのセリフだとは反論した。自分は単に、エレベーターに乗りたいから呼んだだけだ。 「このエレベーター、この階で‥‥止まって‥‥た‥‥わよね。もしかして、2人でずっと籠の中に居たの?」 や〜だ〜と、は豪快と笑いながら籠に入り、の横に立った。 からは笑みが溢れ、なんだか楽しそう。手荷物からはおいしそうな匂いが漂ってくる。 「ねぇ、これからどこかに行くの?」 「フフッ、屋上よ。星を見に行くの」 「屋上?まさか、一人で?」 「ううん。あのねっ、黒鵺がね、人間界の星を見たいっていうから見せてあげるの。台風も行っちゃったことだしね」 「そう。黒鵺さんと‥‥」 は、蔵馬の顔をチラリと確認する。 黒鵺には、の一件を伝えなければならない。も狙われていたことを──。 しかし、どのタイミングで伝えればいいのだろう‥‥。それは絶対、今ではないことは確かな気がした。 こんなに楽しそうにしているに向かって、言えるわけがない。 「そうだ!と蔵馬さんも一緒に行きましょうよ。ねっねっ」 蔵馬は、の言葉を煩わしそうに聞きながらも、その信じられない誘いにククッと笑ってしまう。 黒鵺がわざわざを誘ったということは、『2人きり』になりたいからということだ。 それなのに、その黒鵺の心を知らず、と蔵馬を一緒に誘おうとしているなんて‥‥。 同様、やはり“血”は侮れないものである。 「スゴイわよ〜。夏の大三角が、こうバーンと‥‥」 「ふん、めでたい女だ。貴様の方が危うかったかもしれんものを──」 「え?」 は、頭上に?マークを掲げながら首を傾げた。 「今回はだったから俺が動いたが、もし貴様だったら‥‥」 含み笑いを浮かべながら、「黒鵺には無理だろう。貴様が殺されるまで、気づかんかもしれん」と吐き捨てる。 「──え?黒鵺が‥‥何?」 「女。今、黒鵺はどうしている?どこにいる?」 「黒鵺?だから屋上に──」 のぎこちない態度と、蔵馬の傷だらけの姿に、さすがのも『薄気味悪さ』を感じ取った。 道に迷ったを、蔵馬が助けにきた。ぼたんからそう聞かされたし、先ほど蔵馬にお礼を言ったときも、否定はされなかった。でも‥‥。 たったそれだけのことなら、果たして蔵馬はこうまで衣装を汚したり傷を負ったりするものだろうか。 「あの‥‥もしかして、に何かあったんですか?」 「実はね。さっき私は──」 が自分の陥った危機を伝えようと口を開きかけたが‥‥その口を、蔵馬に手で塞がれた。 「やめておけ。緊張感のないお前の口で言ったところで、この女に“危機感”は到底伝わらん」 「ひ、ひふれいね!」 「俺の口から黒鵺に伝えておこう。貴様は、黒鵺の口から全てを聞けばいい」 それはまずいと、は蔵馬の耳元で囁いた。 なぜなら、蔵馬はとは逆で、物事を誇張して伝える癖がある。 そんなことが黒鵺の耳に入れば、彼のこと。頭に血が昇って、フェリーを管轄するスタッフを皆殺しにしかねない。 「黒鵺が激高したなら、その時は貴様が止めればいい。といっても、無理‥‥だろうがな」 「当たり前よ。黒鵺さんを、1人で止められるわけないわよ」 「だが、そうでもしなければ、我が身に降り掛かるはずの事態の恐ろしさを、肌では感じられん。俺が感じた恐怖を、黒鵺も知るべきだ。それに──」 「それに?」 「黒鵺にとって、『危機』を察知する能力を高めるのにいい機会だ。あいつは、あれでも賊の副将だ。きっと今後も役に立つ」 「‥‥」 の生命の危機を『副将の能力向上』のためにしか考えていない蔵馬には、少しだけ納得のいかないものがある。 しかし、蔵馬の言うことも一理ある。 の事は、黒鵺が守ってくれる。を守ってくれた蔵馬のように。 蔵馬が、その『危機察知能力』を、頭として黒鵺に教えてくれるのであれば、今後似たような事が起こった時、の身の安全は保証されるのかもしれない。 「、蔵馬の言うとおりだわ。私も、黒鵺さんから教えてもらった方がいいと思う」 「ねぇねぇ、一体何の話なの?」 「それも、黒鵺さんから聞いた方がいいわ。絶対!絶対!絶〜対そのほうがいいわよ」 がまくし立てると、は訝しがりながらも「分かった」と頷き‥‥操作パネルの「R」ボタンを押した。 「そうそう。さっきから貴方を呼ぶアナウンスが流れているわよ」 「ええ。知ってるわ。今から行くところよ」 「ならいいけど。これ以上催促される前に行った方がいいわよ。呼ばれたらすぐに向かうのがスタッフの役目なんだから。第一、私たちは霊界に“派遣”されて働いている身なのよ」 エレベーターが屋上に到着して扉が開くと、を待っていたのだろうか──黒鵺が立っていた。 「お待たせ。ごめんね、待たせて」と、が笑顔で屋上フロアを踏んだ。 黒鵺は笑みを浮かべたが、背後にと──蔵馬もいたことに気付いた。 「ん?なんだ蔵馬か。妖怪が乗らねぇもんに、お前が乗ってるなんて‥‥おいっ!どうしたんだよその格好は!‥‥何か遭ったのか!?」 「──何でもない」 「ふざけるなよ!そんな血流しといて何でもねぇわけねぇだろ!一体誰にやられたんだ!?」 蔵馬は滅多な事ではヘマはしない。その蔵馬が血だらけになっているのだ。黒鵺はしきりに『誰の仕業』だと蔵馬を問い詰めた。 「後で話す。この女との用が済んだら、部屋に来い」 「んな、後でって‥‥。今ここで話せよ。気になるじゃねぇか!もしかして、この女を庇って受けた傷じゃねぇだろうな!?」 黒鵺が、蔵馬の隣にいるに目を向けた。 (まずいっ!) は大慌てて『閉』ボタンを押した。 「おいっまさかにも‥‥!」 「じゃ、じゃぁ〜ねぇ。楽しんできてね〜。ほ、ほらっ、!」 (さっさと黒鵺を連れ出して!)と、はに目くばせする。 あうんの呼吸で、は「ほら黒鵺!星見たいんでしょ!見せてあげるから行こ行こっ。東の空が綺麗なの〜!」と叫んだ。 「あぁ!?」 は、エレベーターに挟み入れようとする黒鵺の腕をガッシリと掴みあげ、「早く早く!」とそのまま屋外へ通じる廊下に連れ出していった。 黒鵺の怒号と、それを宥めるの声が聞こえてきて、は同情しながらため息をついた。 (どうするのよ。もう気になって楽しめなくなっちゃったわよ、黒鵺さん‥‥可哀そうに) エレベーターが、今度は1階に向かって下降し始める。 「やはり行くのか?」 蔵馬が問うと、はゆっくりと頷いた。 「分からんな。あんな目に遭ったというのに、なぜまた行くんだ」 するとはニッコリと微笑んで、「それが、人間だから」と静かに答えた。 「頼まれたり望まれたりすれば、行っちゃうもんなのよ、人間って。蔵馬もに対して言っていたけれど、妖怪と違って人間は“おめでたい”から。悔しいけど‥‥認めるしかないわね」 自虐するような発言をしながら、は愚かな自分を指さして寂し気に微笑んだ。 「人間‥‥か」 蔵馬が唸りながら宙を見上げると、鏡に映るのは、俯瞰している自分の姿。客観的に己を見下ろしているように映る。 は、妖怪の身体から立ち昇る妖気を感じることができない。蔵馬を含め、周りの妖怪達は皆、当たり前のように感じることができるため、今まで気にも留めることすらしなかった。 だからこそ、がそれを感じることができず、まして目に見ることも、匂いを感じることさえできないと知った時、驚きを隠せなかった。 いつもは対等に生き、共に過ごしているが、そんなふとした瞬間に、は『人間』であるということに改めて気付くことが多々あった。 そして、今回もそうだ。蔵馬は、妖怪と同じ尺度で考えていた。 ────浅はかだった。 「ごめんねっ。やっぱり私1人で行くわ。ここまで付いてきてくれてありがとう。蔵馬、もう降りてくれていいわよ」 蔵馬を降ろす為、は手近な階数ボタンを押そうとすると、蔵馬はそっとその手を取った。 「よせ。独りで行くのは危険すぎる」 「大丈夫よ。今度は本当に‥‥本当に、何でもないんだから」 「何が有るかわからん。俺も同行しよう」 そういって蔵馬はを制し、階数表示を知らせるランプを見つめている。 「お前の気持ちはよくわかった。それが“人間”というならば、俺は全てを受け入れよう。だが‥‥とにかく独りでは行くな。俺も同行する」 (そうよね。もう‥‥信用してもらえないわよね) シュンとしながら俯くを、蔵馬は強く抱きしめた。 「すまない。お前の言葉を信じていないわけではない。俺が‥‥ただ心配で同行するだけだ」 蔵馬は、そういって目を瞑った。 「あの時の俺は‥‥どうかしていた。お前の言う“人間の心”を理解してさえいれば、俺はお前をただ救い出して終われたはずなのに‥‥。忘れてくれ。頼むから、これ以上何も悩むな」 「蔵馬‥‥」 「なぜだろうな。あの男たちがお前と親しげに話しているのを見ていたら、急に腹立たしくなってしまってな」 「陣や酎たちのことで?どうして蔵馬がそんなこと思うの?」 その名前を聞いて、蔵馬の眉がピクピクと動く。 苛立つ心を悟られないように、蔵馬はに問う。 「その男の名、今日はお前の口から何度も聞くな。あの男どもは、お前に気安く話しかけ、お前は当たり前のように返していた」 深呼吸をしながら、意を決して尋ねる。 「親しいのか?」 「え?」 なんてことだ。賊のアジトに潜入する時よりも緊張している。 「あの男どもは、お前のことをどう思っている?もし、お前のことを愛していると告げたら‥‥」 「蔵馬?」 「その時、お前はどう答えるつもりだ。分かっていると思うが、俺は、お前のことをあの男ども以上に愛している」 「ちょ、ちょっと」 ものものしく迫ってくる蔵馬に、の顔がみるみる真っ赤に染まっていく。 「低俗なことを口に出しているのは分かっている。しかし──!」 「何を言って──んっ‥‥」 有無を言わさず、蔵馬はの唇を奪った。じたばたするの腕を、簡単に片手で掴みあげると、その唇をの首筋に移動してゆく。
なんだか、エレベーターの中にずっといますね。妖怪はエレベーターを使わない為、乗るのはとの実質2人だけですから、貸しきり状態になってます(笑)。 黒鵺に星を見せるですが、人間界の星を見て幻滅しないか心配です。因みに我が家の周辺は夜でも非常に明るいので、北極星と、かろうじて北斗七星が見えるぐらいです(爆)。 ※ちなみに、次回の7話は、まだ『裏』ではないです。(に“予兆”を感じ取らせるために必要なステップ(?)なのです)。 先行で読んでいる方には、「処女ですよね?」「初めてですよね?」「蔵馬も知ってますよね?」「だったら、ここまでですよ!」ここまでって‥‥(/ω\) ‥‥で、生々しい会話と、生々しいシチュエーションにより、総じて生々しい裏小説が出来上がってしまった。どうしよう(;^_^A |