闇に咲く花

ヒロイン暗殺計画!?蔵馬悪夢の1日 7話

「やっ‥‥!」
 エレベーターの階数ランプの動きが、「1階」に向かって降りている。
 銀髪の髪がさわさわと首筋や鎖骨に触れて、くすぐったい。
 首筋を這う蔵馬の唇が、やたら身体をザワザワさせる。どういうわけか、身体が硬直し、抵抗することさえもできない。
 なんだかよくわからない、初めての感覚が体中をかけめぐり、火照って‥‥くる?
 このままこうしていたいかも?でも‥‥と思っていると、階数ランプが「2」を示したところで、そっと蔵馬はを解放した。
 拒絶どころか、むしろ名残惜しそうにしているかのようなの表情に、蔵馬もどことなく──口端をあげる。
(この人、こんな顔も見せるんだぁ)
 それはもしかしたら、彼の“男の顔”だったのかもしれない。

 『1階です』
 エレベーターの扉が開くと、顔を真っ赤にしたが籠から出るや、早足にインフォーメーションへ向かっていった。
 そんなの後姿を、蔵馬は一定の距離を保ちつつ、トボトボついていく。
 がインフォメーションに到着すると、スタッフの人は「はいはい」と言って紙袋を差し出した。
さんにお荷物が届いてましたよ」
「ええ。先日本を頼んでいたんです。台風が来ていたのにまさか今日手に入れることが出来るなんて──嬉しいです」
(本当は、今日じゃなくても全然よかったんだけど‥‥)
 紙袋を胸に抱いて感謝を述べ、はインフォメーションを後にした。
 人目のつかない場所に移動すると、は紙袋の封を開けて届けられた本を確認する。
 ペラペラとページをめくっていると、蔵馬がバッと本を掏り取った。
「なんだ、この本は」

 『もう騙されない!貴方を狙う“悪”の罠を大公開!』

 それはいかにも怪しすぎて‥‥この本を買った事自体、既に騙されているのでは?というような表紙のタイトルに、蔵馬が訝しそうに尋ねる。
「やだっ!」
 が恥ずかしそうに、蔵馬の手から本を取り返した。
「わ、私だって、あんな目に遭うのは懲り懲りよ。花園の時も、拉致された時も、今回も‥‥私ってバカだから妖怪の“悪意”に気付かないの。だから、この本を読んで勉強しようと思って!でも‥‥一足遅かったわね。今日あんな目に遭う前に、読んでおきたかったな」※1 ※2
「‥‥」
 で悩み苦しんでいて、危険を察知できるようになりたいと思っていたようだ。それなのに今日のような目に遭ってしまい、きっと心底落ち込んでしまったことだろう。
 そんな落ち込んでいるに、蔵馬はこともあろうに『危機管理が足りない』と叱りつけてしまった。
 人間であるために、危機を事前に察知できないことに悩んでいるに向かって、危機を察知しろ、どうして出来ないのかと──気づかなかったとはいえ、精神的に追いつめたのだ。
 蔵馬は、自分の愚かさに嫌気が差した。
 をただ責めることしか頭になかった。つまらない嫉妬をして、の心が見えなくなってしまっていた。
 蔵馬は、ページをめくり「ふむふむ」や「へー」と感心しているをしばらく見つめていたが、再び奪い取った。
 そして、パラパラと数ページめくり‥‥「ふっ」と嘲笑ったかと思えば、本を頭上にポイッと放り投げる。
 ボッ‥‥!
 まるで手品のように本はメラメラと燃え上がり、もはや煤になってしまった紙切れがヒラヒラとと蔵馬の頭上に舞い落ちた。
 キャーと悲鳴を挙げながら、阿波踊りよろしく、煤をかぶりながら舞っているに、蔵馬が「そんな本はお前には必要ない」と言って腕を組む。
「俺がお前に教えてやろう。これでも俺は盗賊を率いる頭だ。危険の予知は下手なその本よりも確かだぞ」
 なおもキャーキャー言って阿波踊りを踊っているに、蔵馬は「ったく‥‥」とため息をついた。
「俺の慧眼にかかれば、賊の2つ3つ討つのは容易い。どうだ。いい案だとは思わんか?」
「──え?」
「俺は今まで通り、お前を危険から護ってやろう。だが、誤解はするなよ。それを見せつけて、お前から労いを求めるつもりは毛頭ない。お前を護るのは、俺個人の意志だ。それだけは、わかってほしい」
「でも‥‥」
「いいんだ」
 感謝など、されたくはない。感謝されれば、二言目には謝罪の言葉が待っている。それは──聞きたくはない。
「だがな、『何がどう危険だったか』は、後々でお前に教えてやってもいい。それを知りたいのだろう?」
 はしばらく沈黙したのち、ゆっくりとうなずいた。
 優れた洞察力と策略に長けた、盗賊を束ねる頭。自らを慧眼だとする言葉は、決して驕りではない。
 その彼が危険というならば、それは真実。全ての行為は、の命を繋ぎ止めるため。
「先ほどは、お前を責めてすまなかった。人間界にいると、どうも調子が狂うな。俺はただ、お前を‥‥」
「わかってる、蔵馬の気持ち」
 は、床に落ちた煤を手で拾い集めながら掌に乗せていく。
「私って、つくづく馬鹿よね。妖怪の悪意に気づかないだけじゃなくて、蔵馬があの時叱ってくれたことの意味も分からないんだから。本当に‥‥大馬鹿よ」
「あれは──俺が悪かった。お前の責ではない」
「ごめん、先ほどの発言は撤回するわ。“人間だから”わからないんじゃない。単に私が“鈍感で無知”なのよ。嫌になっちゃうわねぇ。私が本当に知らなくちゃいけないのは‥‥貴方の心なのかもね」
 窓を開け放ち、格好良く手の中の煤を思い切り放って見せたが、煤は台風の吹き返しの風に煽られて、無残にもそのまま全ての顔面へ跳ね返った。
「わっ」
 我ながら素敵なキメ台詞と踏んだだが、それが台無しになってしまい、堪えきれなくなった蔵馬は壁に背を向くと、ククッと腹を抱えて笑いだした。
 蔵馬の笑った顔を眺めながら、もつられて笑い、「やだぁもう〜」と頭に降り注いだ煤を手櫛で整える。
「ようやく笑ったか」
「え?」
「人間界に来てからのお前は、どこか暗く沈んでいたからな」
 そう言いながら、蔵馬は台風の風の音に耳を澄ませている。
「そのままのお前で十分だ。無理に変わる必要はない。お前の身は、俺が護る。今までも、これからも──。それでいいと、決めた筈だ」※3
「でも‥‥」
「いちいち否定するな。あの時お前も賛同しただろう?俺にとっては誓いのつもりだったが、まさか、お前は簡単に覆せるという軽い気持ちで──」
「そっ、そんなわけないわよ!」
 の声は明らかに上ずっており、蔵馬は眉間にしわを寄せた。
「それにしても、今日はいつになくしおらしいな」
「そ、そう?‥‥らしくない?」
「ああ。俺が愛したは、そうではなかった。俺が知っているお前の真の姿は、炎のような瞳を持ち、覇気に溢れ、刃向ってくるような女だった」
 それって褒め言葉じゃないのでは?と、は首をかしげた。蔵馬はなおも続ける。
「賊の奴らは当然のように俺に臆するが、お前は臆するどころか立ち向かってくる。俺に手を挙げたこともあったな。高らかに吠え、ドスの利いた声で──ん?なんだ」※4
「ねぇ蔵馬、褒め言葉はいつ出てくるの?淑やか〜とか、健気〜とか、奥ゆかしい〜とか」
「あるのか?俺は見たことはないが‥‥」
「なんですってー!?」
 が蔵馬に手を挙げようとすると、蔵馬はその手をパシッと抑え込み、そのまま腕をつかんでグイッと引き寄せた。
 意地悪くニヤリとほくそ笑みながら、その目を見たかったと言わんばかりに、の瞳を食い入るように見つめる。
 蔵馬の金色の瞳に見据えられながらも、目を逸らさずに見つめ返すの姿に、ゾクゾクとした高揚感が漂う。
「それだ――。俺が見たかったのはその目だ。炎のように俺を見据えるお前のその瞳、容赦なく俺に浴びせるドスの利いた声。魔界では幾度となくその声を聞いたな。弱弱しくてか細い声など、到底お前には似合わんさ」
 霊界よって抑圧された、の『作られた淑やかさ』など願い下げだ。を──霊界から完全に解放してやる。
(今度は拳が飛んでくるかもしれんがな‥‥。それもまた面白いか)
 が蔵馬を睨みつけても、それすらも「その顔を見るのは久しぶりだ」と言って、笑っている。
 いつものに戻ったことを安堵し、蔵馬もいつもの調子でに語り掛ける。
「上辺も、媚も、世辞も、するつもりはない。お前が淑やかで、健気で、奥ゆかい楚々としただけの女であったならば、俺はお前には惚れなかった」
「だ、か、ら‥‥少しは褒めなさいって‥‥言って‥‥っ」
「褒めているさ。お前にいつもの活気が戻って──」
「そういうのは“活気”って言わないのよ!」
 蔵馬の胸を叩いて離れると、は空の紙袋をクシャッと丸め、蔵馬に投げつけた。
(ったく、この女のどこが楚々としているんだ?)
 一方的に叩かれながらも、に笑顔が戻ったことに蔵馬がホッとしていると、急に蔵馬の表情がこわばり、妖気に気づいて動きを止める。
「どうしたの?」
「近くに妖怪がいる。隠れろ!」
「え?妖怪って‥‥あっわかった、蔵馬だ!」
「こんな時にくだらん事をいうな。こちらに近づいてきているんだ。早くしろ!」」
 蔵馬は、自分に向けられた指をアッサリ払った。
(ひ、ひどい──)
 は、蔵馬に肩をつかまれながらいそいそと彼の背中に隠れた。
 蔵馬は、廊下の先の一点を鋭く見つめる。
(この妖気は──)
 この妖気、蔵馬は知っている。さきほど雲鬼と共にひと悶着を起こした妖怪の一人で、名前は確か‥‥。

「あっお前、さっきの──」
 陣が蔵馬を指さすと、陣の声に反応したが蔵馬の背後からニュッと顔を出した。
「あっれ〜。だべか?どうしてここにいるだよ〜?」
 に向かってヒラヒラと手を振った陣だったが、は手を振り返すことはなく、深く会釈をするだけに留まり、陣にとってはどこかヨソヨソしく思えた気がした。
「あの‥‥だべな。その‥‥ボディガードを、俺らがやってやるべっていう話なんだけどな」
 陣が、照れくさそうにモゴモゴしながら話を切り出す。
 ボディーガードなんか要らないと言われても、どうもアッサリと身を引いて諦めきれないようである。『往生際が悪い』というか、なんというか。
 でもは陣を責めることはせずに、なぁに?という感じで、聞いてあげるそぶりをみせた。
「俺達、あれから考えたんだべ。見てけろっ、ほらっ。の部屋がここだべ?で〜医務室がここだべ!」
 取り出したB棟の見取り図に、何やらマーカーを引いた跡があちこちに残っていた。
 書いては消し書いては消しを繰り返したのか、マーカーの線はグシャグシャに引かれていて、何が何だかわからない。
 おそらく陣達にしかわからないぐらい酷いものであった。
 なるほど、これを見せなければ気が済まなかったようだ。
「ぷっ」
 堪えていただったが、たまらず吹きだし、涙を流してケラケラと笑いながら、蔵馬の顔をちらりと見た。
 てっきり、蔵馬はまた不機嫌になっているのかと心配したが、蔵馬は怒りや嫉妬を通り越して、見るも無残な地図に呆れ固まっていた。
 とりあえずこの陣という妖怪は、に対して『悪意』は感じられないだ。それは認める。だが──。
「な、なんだべ?」
「いいのいいの、ゴメンね。ほらっ続けて」
 陣は、彼なりの護衛の仕方をひとしきり話して、「どうだ!」と締めた。
 地図も無残なら護衛計画もずさんなもので、あの男たちと計画して出した結果がこれなのかと、蔵馬は賊を預かる頭として、落胆の表情を見せた。
(この男、参謀役にはまず向かんな。身なりからすると“忍び”のようだが、よく今まで生き延びてこられたな)
「すごいわね陣!完璧じゃな〜い」
「えっへっへ〜。そうだろそうだろ!こんな感じでを守ってやるだべよ」
 陣があぐらを掻きながら宙をプカプカと漂い、「そんなに褒めなくてもいいべ」と腕を組んだ。
「フン、めでたいやろうだ」
「静かにっ!」
 蔵馬の言葉を聞き逃さなかった陣は、蔵馬を指さして「失礼なやつだやなぁ。なぁ、コイツ‥‥結局誰なんだ?本当に‥‥ただのボディーガードだべか?」
 運営本部の雲鬼から護衛を却下された陣。あの時は大人の対応をして引き下がったが、やはり、妖気が格下の蔵馬に負かされた気分らしく、ちょっとムッとしていた。
「この方は‥‥」と、は一瞬なんと紹介しようと迷ったが、一呼吸おいて、こう答える。
「私の、ボディーガードです」
「ボディガード‥‥。そんだけか?」
「?」
の?」
「はい」
 いい加減しつこい男だと、蔵馬はため息をつく。
 陣は、宙で胡坐をかきながらしばらく天井を見上げていた。
「ってことはやっぱり、こいつに頼むんだべか‥‥」
「フフッ。彼は私がここに来る前からずっと、私の側にいつもいてくれている方ですわ。もちろん、これからもずっとずっと‥‥ですけど」
 陣は、きょとんとした顔でを見つめる。
「よく話が見えねぇべ。こいつ、霊界が雇ったボディーガードだか?」
 は首を横に振った。
「だったら──が雇ったんだか?」
 再び横に振る。
「だったら──」
「陣。私のことを心配してくれてありがとう。でも、彼が私を護ってくれるから心配しないで。さっきも私を命がけで護ってくれたもの。彼は‥‥えっと‥‥。私の最も大切な人よ」
 この陣という人は、悪い妖怪じゃない。だからきっと大丈夫。それだけは自信が持てる。そう確信して、は陣の目の前で、蔵馬を『最も大切な人』と関係性を明かした。
 彼に寄り添い見つめるの瞳に、陣は「あぁ!」と納得した。
 陣の脳裏に、霊界鬼の言葉がリフレインする。
『あの男はを連れ戻しに向かった。白装束を泥だらけにして。その時、お前達はどこにいた?』
 言い訳になるが、あの時、を呼び出すアナウンスが流れていたのは陣だって知っていた。
 でも、職員呼び出しは日に何度も流れる。だから、ただの呼び出しだと思ったのだ。
 でもこの男は、誰もが気づきもしない微かな“異変”を感じ取って行動を起こした。
 を護衛するのに相応しいのは──。
『あの男がいれば十分だ』
 どことなく暗く沈んでいたの顔からは笑みが溢れ、瞳はその男に注がれている。まるで全幅の信頼を預けるようだった。
 ようやく胸のつっかえが取れたような気がした。
「そっか、そうだな。それなら安心だべ!」
 陣は苦笑いを浮かべながら地図を豪快に破り捨てた。
「やだっ。破ることないじゃない!もったいな〜い。私、欲しかったのにぃ〜」
「いや、いいだ!こいつがいるなら、こんなもん必要ねぇべ」
 そう言い放つと、陣は床を蹴って踵を返す。
「酎達にも言っておくべ。ボディーガードはいらねえって」
「ごめんね。でも‥‥本当にありがとう。陣、みんなに伝えてね。貴方たちの気持ち、とっても嬉しかったって!」
「おうっ。じゃぁ‥‥また明日、医務室に遊びに行くからな!」
「うんっ。お茶菓子用意して待ってるわ。ただし‥‥お酒は出せないって酎には伝えてね」
 がウインクすると、陣はヒラヒラと手を振って去っていった。

∧※1…花園  ∧※2…愛の秤〜俺が人を愛した日〜   ∧※3…第3部-3話   ∧※4…二日月で逢いましょう 前  
最初の頃のは、大人しくて護ってやりたいタイプだったのですが、本性が徐々に表れだしています(笑)。人間界から逃げて霊界に住み、居候なので絶えず霊界に気を使い、かつ嫌われたくないので断れず、人間と妖怪の間で迷っていたの心が、蔵馬によって解きほぐされていっています。
私はSFやホラー映画が好きなので、強い女性が大好きです。シンデレラや白雪姫のような『護ってね系』はどうも──(-_-;)。ドレスって何?淑やかって何?汗や泥にまみれて闘う女性は最高です!!

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