「賊の奴らは当然のように俺に臆するが、お前は臆するどころか立ち向かってくる。俺に手を挙げたこともあったな。高らかに吠え、ドスの利いた声で──ん?なんだ」※4
「ねぇ蔵馬、褒め言葉はいつ出てくるの?淑やか〜とか、健気〜とか、奥ゆかしい〜とか」
「あるのか?俺は見たことはないが‥‥」
「なんですってー!?」
が蔵馬に手を挙げようとすると、蔵馬はその手をパシッと抑え込み、そのまま腕をつかんでグイッと引き寄せた。
意地悪くニヤリとほくそ笑みながら、その目を見たかったと言わんばかりに、の瞳を食い入るように見つめる。
蔵馬の金色の瞳に見据えられながらも、目を逸らさずに見つめ返すの姿に、ゾクゾクとした高揚感が漂う。
「それだ――。俺が見たかったのはその目だ。炎のように俺を見据えるお前のその瞳、容赦なく俺に浴びせるドスの利いた声。魔界では幾度となくその声を聞いたな。弱弱しくてか細い声など、到底お前には似合わんさ」
霊界よって抑圧された、の『作られた淑やかさ』など願い下げだ。を──霊界から完全に解放してやる。
(今度は拳が飛んでくるかもしれんがな‥‥。それもまた面白いか)
が蔵馬を睨みつけても、それすらも「その顔を見るのは久しぶりだ」と言って、笑っている。
いつものに戻ったことを安堵し、蔵馬もいつもの調子でに語り掛ける。
「上辺も、媚も、世辞も、するつもりはない。お前が淑やかで、健気で、奥ゆかい楚々としただけの女であったならば、俺はお前には惚れなかった」
「だ、か、ら‥‥少しは褒めなさいって‥‥言って‥‥っ」
「褒めているさ。お前にいつもの活気が戻って──」
「そういうのは“活気”って言わないのよ!」
蔵馬の胸を叩いて離れると、は空の紙袋をクシャッと丸め、蔵馬に投げつけた。
(ったく、この女のどこが楚々としているんだ?)
一方的に叩かれながらも、に笑顔が戻ったことに蔵馬がホッとしていると、急に蔵馬の表情がこわばり、妖気に気づいて動きを止める。
「どうしたの?」
「近くに妖怪がいる。隠れろ!」
「え?妖怪って‥‥あっわかった、蔵馬だ!」
「こんな時にくだらん事をいうな。こちらに近づいてきているんだ。早くしろ!」」
蔵馬は、自分に向けられた指をアッサリ払った。
(ひ、ひどい──)
は、蔵馬に肩をつかまれながらいそいそと彼の背中に隠れた。
蔵馬は、廊下の先の一点を鋭く見つめる。
(この妖気は──)
この妖気、蔵馬は知っている。さきほど雲鬼と共にひと悶着を起こした妖怪の一人で、名前は確か‥‥。
「あっお前、さっきの──」
陣が蔵馬を指さすと、陣の声に反応したが蔵馬の背後からニュッと顔を出した。
「あっれ〜。だべか?どうしてここにいるだよ〜?」
に向かってヒラヒラと手を振った陣だったが、は手を振り返すことはなく、深く会釈をするだけに留まり、陣にとってはどこかヨソヨソしく思えた気がした。
「あの‥‥だべな。その‥‥ボディガードを、俺らがやってやるべっていう話なんだけどな」
陣が、照れくさそうにモゴモゴしながら話を切り出す。
ボディーガードなんか要らないと言われても、どうもアッサリと身を引いて諦めきれないようである。『往生際が悪い』というか、なんというか。
でもは陣を責めることはせずに、なぁに?という感じで、聞いてあげるそぶりをみせた。
「俺達、あれから考えたんだべ。見てけろっ、ほらっ。の部屋がここだべ?で〜医務室がここだべ!」
取り出したB棟の見取り図に、何やらマーカーを引いた跡があちこちに残っていた。
書いては消し書いては消しを繰り返したのか、マーカーの線はグシャグシャに引かれていて、何が何だかわからない。
おそらく陣達にしかわからないぐらい酷いものであった。
なるほど、これを見せなければ気が済まなかったようだ。
「ぷっ」
堪えていただったが、たまらず吹きだし、涙を流してケラケラと笑いながら、蔵馬の顔をちらりと見た。
てっきり、蔵馬はまた不機嫌になっているのかと心配したが、蔵馬は怒りや嫉妬を通り越して、見るも無残な地図に呆れ固まっていた。
とりあえずこの陣という妖怪は、に対して『悪意』は感じられないだ。それは認める。だが──。
「な、なんだべ?」
「いいのいいの、ゴメンね。ほらっ続けて」
陣は、彼なりの護衛の仕方をひとしきり話して、「どうだ!」と締めた。
地図も無残なら護衛計画もずさんなもので、あの男たちと計画して出した結果がこれなのかと、蔵馬は賊を預かる頭として、落胆の表情を見せた。
(この男、参謀役にはまず向かんな。身なりからすると“忍び”のようだが、よく今まで生き延びてこられたな)
「すごいわね陣!完璧じゃな〜い」
「えっへっへ〜。そうだろそうだろ!こんな感じでを守ってやるだべよ」
陣があぐらを掻きながら宙をプカプカと漂い、「そんなに褒めなくてもいいべ」と腕を組んだ。
「フン、めでたいやろうだ」
「静かにっ!」
蔵馬の言葉を聞き逃さなかった陣は、蔵馬を指さして「失礼なやつだやなぁ。なぁ、コイツ‥‥結局誰なんだ?本当に‥‥ただのボディーガードだべか?」
運営本部の雲鬼から護衛を却下された陣。あの時は大人の対応をして引き下がったが、やはり、妖気が格下の蔵馬に負かされた気分らしく、ちょっとムッとしていた。
「この方は‥‥」と、は一瞬なんと紹介しようと迷ったが、一呼吸おいて、こう答える。
「私の、ボディーガードです」
「ボディガード‥‥。そんだけか?」
「?」
「の?」
「はい」
いい加減しつこい男だと、蔵馬はため息をつく。
陣は、宙で胡坐をかきながらしばらく天井を見上げていた。
「ってことはやっぱり、こいつに頼むんだべか‥‥」
「フフッ。彼は私がここに来る前からずっと、私の側にいつもいてくれている方ですわ。もちろん、これからもずっとずっと‥‥ですけど」
陣は、きょとんとした顔でを見つめる。
「よく話が見えねぇべ。こいつ、霊界が雇ったボディーガードだか?」
は首を横に振った。
「だったら──が雇ったんだか?」
再び横に振る。
「だったら──」
「陣。私のことを心配してくれてありがとう。でも、彼が私を護ってくれるから心配しないで。さっきも私を命がけで護ってくれたもの。彼は‥‥えっと‥‥。私の最も大切な人よ」
この陣という人は、悪い妖怪じゃない。だからきっと大丈夫。それだけは自信が持てる。そう確信して、は陣の目の前で、蔵馬を『最も大切な人』と関係性を明かした。
彼に寄り添い見つめるの瞳に、陣は「あぁ!」と納得した。
陣の脳裏に、霊界鬼の言葉がリフレインする。
『あの男はを連れ戻しに向かった。白装束を泥だらけにして。その時、お前達はどこにいた?』
言い訳になるが、あの時、を呼び出すアナウンスが流れていたのは陣だって知っていた。
でも、職員呼び出しは日に何度も流れる。だから、ただの呼び出しだと思ったのだ。
でもこの男は、誰もが気づきもしない微かな“異変”を感じ取って行動を起こした。
を護衛するのに相応しいのは──。
『あの男がいれば十分だ』
どことなく暗く沈んでいたの顔からは笑みが溢れ、瞳はその男に注がれている。まるで全幅の信頼を預けるようだった。
ようやく胸のつっかえが取れたような気がした。
「そっか、そうだな。それなら安心だべ!」
陣は苦笑いを浮かべながら地図を豪快に破り捨てた。
「やだっ。破ることないじゃない!もったいな〜い。私、欲しかったのにぃ〜」
「いや、いいだ!こいつがいるなら、こんなもん必要ねぇべ」
そう言い放つと、陣は床を蹴って踵を返す。
「酎達にも言っておくべ。ボディーガードはいらねえって」
「ごめんね。でも‥‥本当にありがとう。陣、みんなに伝えてね。貴方たちの気持ち、とっても嬉しかったって!」
「おうっ。じゃぁ‥‥また明日、医務室に遊びに行くからな!」
「うんっ。お茶菓子用意して待ってるわ。ただし‥‥お酒は出せないって酎には伝えてね」
がウインクすると、陣はヒラヒラと手を振って去っていった。
∧※1…花園
∧※2…愛の秤〜俺が人を愛した日〜
∧※3…第3部-3話
∧※4…二日月で逢いましょう 前
最初の頃のは、大人しくて護ってやりたいタイプだったのですが、本性が徐々に表れだしています(笑)。人間界から逃げて霊界に住み、居候なので絶えず霊界に気を使い、かつ嫌われたくないので断れず、人間と妖怪の間で迷っていたの心が、蔵馬によって解きほぐされていっています。
私はSFやホラー映画が好きなので、強い女性が大好きです。シンデレラや白雪姫のような『護ってね系』はどうも──(-_-;)。ドレスって何?淑やかって何?汗や泥にまみれて闘う女性は最高です!!