闇に咲く花

ヒロイン暗殺計画!?蔵馬悪夢の1日 8話

「ごめんね。蔵馬の姿‥‥見られちゃったわね。でも、大丈夫よ。あの人たちは蔵馬を盾に何かしたりなんてこと、絶対にしないから。それに、蔵馬の名前も言ってないもの」
「‥‥どうかな」
 蔵馬が怪訝な表情を崩さないので、は、そんなに人に姿を見られるのが嫌だったら、もう魔界に帰ったらどうか?と聞いてみた。
 いきなり何を言い出すのかと、蔵馬はさすがに驚きを隠せなかった。
「もし、私をここに残すのが嫌なら、一緒に帰ってあげてもいいわよ」
「‥‥」
「私だって、絶対ここにいなくちゃいけないっていうわけじゃないもの」
 この提案は、てっきり蔵馬は喜んでくれると思っていた。じゃぁそうしようと、言ってくれると思った。
 しかし──返ってきた言葉は違っていた。
「それはできん。お前はコエンマの傘下にあって、コエンマの命を受けてこの場にいる。だからダメだ」
 人間界における仕事のルールはよくわからないが、途中で放り出してしまえば霊界がに向ける信頼は落ちるのだろう。
 それにコエンマは、が突然仕事を投げ出してしまえば、必ず“理由”を探し出すだろう。
 あれこれ詮索されるうちに、自分がここにいる事がバレてしまう可能性もある。
 その場合の言い訳の1つや2つは既に考えてはいるが、それでも面倒な事は避けたい。特に、妖怪嫌いの雷鬼は──。
 蔵馬にとってもにとっても、霊界との仲は良いに越したことはないのである。
「心配ない。ただ、あの男がお前の名を何度も呼ぶのが気に入らなかっただけだ」
「なにそれ〜、子供みたい」
 まったく鈍感である。蔵馬が嫉妬していることに、気づいていない。‥‥頭が痛かった。
 蔵馬とは、エレベーターに乗り込んだ。が最上階『15』のボタンを押すと、の肩がふと蔵馬に触れる。
──愛している」
 その言葉に、は途端に顔を紅色に染めて蔵馬から離れた。といっても、ここは密室エレベーター。逃げられる距離など、たかが知れている。
「どうした。そんな顔をして」
 が、プルプルと必死に首を振ると、蔵馬が口角を釣り上げた。
「もしかして、今の俺の言葉に」
「ち、ち、ち、違うわよ!」
 分かりやすい反発の仕方に、の顔がゆでだこのように真っ赤になる。蔵馬はたまらずクスクスと笑った。
「あ、あの‥‥その‥‥」
 照れながら、受付で渡された自室のルームキーを手持無沙汰のようにして両手で擦り、の目はしきりに泳いでいる。
「いまさら照れるものではないだろう。今まで、何度もお前に言ってきた言葉だ」
「だって‥‥」
『15階です』
 階数パネルに、「15」のランプが点灯し、扉が開いた。
 しかしは、籠から出るのを躊躇い、硬直したかのようにその場に突っ立っていた。
 蔵馬も、扉が開いたので出ようとしたものの、頬を染め上げたの姿を目の前にしながら、“赤の他人”として出ていくことはできなかった。
 このまま、の側にいたい──。その心が勝っていた。
 再び扉が閉まると、蔵馬はの正面に立ったが、それは互いの息がかかるぐらいの距離で──。
 “緊迫”という言葉が相応しいような、沈黙が漂う籠の中で、心を落ち着かせようとして深呼吸するの吐息は、逆に蔵馬の心を掻きたてる。
 雨に濡れた白装束が、の吐息に触れて心地よいヒンヤリとした風に変わってゆく。
 に触れたい、抱きたいという気持ちが、蔵馬の全身を駆け巡った。
 ゴクリ‥‥と蔵馬の喉が鳴ると、は嫌な冷や汗を浮かべた。こめかみから汗が吹き出し、頬を伝って首筋に流れ落ちていった。
 蔵馬はの鎖骨に指を宛がうと、そのまま軌跡を辿る様にこめかみへと這わしてゆく。
 蔵馬の瞳がいつもと違う。は不安になって、つい目を瞑ってしまった。
「何を‥‥恐れている?」
「何を‥‥するつもり?」
 首筋に流れた汗が、鎖骨へと流れ落ちていく。
 蔵馬の指は、再び鎖骨に残る汗の跡を指先で拭い、そしてまた──その軌跡をたどる様して首筋に這わすと、の白い首にうっすらと血管が浮き出て見えた。
「なんだと‥‥思う?」
 今まで、を抱くのを躊躇ってきた。
 雲鬼の言うとおり、血族からなのか、蔵馬は、から直接『愛の言葉』を受けたことは無かった。※1
 『愛』が理解しづらい。それはの責ではない。仕方ないし、それでも構わないと思った。しかし──。
 ならば、にとって俺はどういう存在なのだろう‥‥と思う。友か知人か、最悪ただの同居人か──。
 せめて、それが知りたくなった。
 冷酷と謳われる妖怪が、たかが人間一人の心の移ろいに一喜一憂している。そんな自分がいた。
 しかし今は──。もう、その必要はない。
 今回、人間界の理を知らぬ中でに危険が及び、もしかしたらを救い出せないかもしれないと、本気で恐れた。
 表現できないような恐怖が全身を駆け抜け、生きているを見た時は、心の中で涙が溢れた。
 そして‥‥‥‥今、を抱きたいと心の底から願った。
 もし、に向けられる刃があるならば、この俺が代わりに受けてやる。を守って死ぬのであれば、本望だ。その心に偽りはない。ならば、せめて俺が死んでしまう前に──抱きたいと思ったのだ。
 全てを覚えておきたい。の声も姿も、彼女の“温もり”のすべてを──。
 俺はを愛している。も俺が大事だと言ってくれた。それはきっと──『愛』だと思う。の心は、もう永遠に俺から離れることはないのだ。
 の温もりの中で‥‥この言いようのない幸福感で溢れる海に溺れたまま、酔いしれていたい。
 俺が愛したのは、生涯かけてただ一人、“人間の女”。弱く、はかなく、些細なことで傷つき、死んでしまうほどの繊細な生き物。
 『妖怪がよりにもよって人間を愛した』なんて、嘲笑いたいやつは笑えばいい。俺は全てを受け止める。
 俺にとってはこの“人間の女”こそが唯一の『愛すべき者』に違いない。それだけが、俺の真実──。
‥‥」
 蔵馬は、の首筋に口づけすると、そこから胸に向かって優しく這わせていく。
 だが‥‥。
 の体は震えていた。肩を竦め、蔵馬の唇に怯えていたのだ────。
 蔵馬は、のおびえる姿に戸惑い‥‥そっと、彼女から離れた。
(やはり、まだダメか──)
「すま‥‥ないな。今のお前には、まだ無理であることを知っているのにな」
 とても寂しそうな瞳をしながら見つめる蔵馬に、は胸が苦しくなる。
 なんだか、申し訳ないような気持ちになってしまう。
「無理じゃない!無理じゃないわよ」
 必死に首を左右に振りながら、離れようとする蔵馬の腰布を掴んだ。
「私は大丈夫よ。だから‥‥お願いだから、そんな悲しそうな顔をしないで!」
 泣きそうになるの頬をそっと撫で、蔵馬は、抱きたいという衝動を抑えながら、言葉を選ぶ。
「大丈夫‥‥か。今、俺がお前に何を望んでいるのか、何をしようとしているのか、何も知らないのにか?」
 蔵馬の瞳が、獣のように怪しく揺らめいているのが分かる。その瞳を見つめた瞬間、ゾッとするような悪寒が逆立った。
「俺は、急ぐつもりはない。お前を無理強いするつもりもない」
「た、確かに‥‥蔵馬が私に何を望んでいるのかはわからない‥‥。でもねっ、蔵馬は絶対、私を傷つけたりはしないもの。それは分かっているつもりよ。そうでしょう?」
 小さく、蔵馬が頷く。
 は蔵馬の瞳を見つめながら、「大丈夫」と言い放った。
「その言葉は真実か?何が起きても動揺しないと‥‥。この俺に、全てを委ねることができるか?」
 しばしの沈黙ののち、は強く首を縦に振った。
 その言葉を、待っていた。初めて出逢った時からずっと──。
 蔵馬は、胸から鍵を取り出し、エレベーターのパネルに差し込んでカチャリと回した。
(いつの間に──!?)
 一体どこで盗んだのだろう。スタッフしか持ちえないエレベーターの鍵を、蔵馬は手にしていたのだ。
 エレベーターの表示板が『調整中』に変わり、エレベーターが上へと昇り、『機械室』で止まる。そして、ゆっくりと扉が開いた。
 がキョロキョロしながら籠から出ると、ふぅっと冷気が漂い、思わず身震いをした。
「私、初めてよ。機械室に来るなんて」
 壁伝いに歩き、電気のスイッチを手探りして点けると、薄暗い蛍光灯が点いたものの、窓がないせいだろうか。どことなくまだ薄闇に近い。
「ねぇ蔵馬、ここに連れてきて、一体何をしたいの?」
 が振り向いた途端、すぐ目の前に蔵馬の顔があって、思わず後ずさりをした。
 ひんやりとした石壁に背をつけて声を上げると、蔵馬がの頬に手を添えながら、顔を近づけていくのがわかった。
「機械の故障でも‥‥直してほしいの?」
 迫ってくる蔵馬の唇──。心臓がドキドキする。
 はそのまま目を閉じ、蔵馬の口づけを受け入れようとしていたのだが‥‥
 いつもとは違う口づけに、は驚いて体をびくつかせた。

∧※1…番外編 鏡  
さぁ、次話は裏に行っちゃいましょうか。読者様には様々な年齢の方がいらっしゃいますので、勿論パス付です。パスは、『光に咲く花』と共通です。 話の内容は、その話を読まなくても最終話に繋がるようにしますので、「裏」が苦手な方もご安心ください。
※逆にこの話をパス付にするなら、秀一編はパス無しでもいいのかなぁ‥‥っていうか、やはり感想を頂く話は圧倒的に妖狐編が多く、秀一編はこのままENDでもいいのかも?と思うようになりつつある(-_-;)。暗黒鏡も片付いたことだし‥‥。暗黒武術会で、裏浦島の玉手箱で秀一が妖狐に戻ったところで「懐かしいね」で終わりそうだし、鈴木にもらった薬を森で試してに会ったところで‥‥コンパニオンで超〜多忙なには、もはや妖狐蔵馬に構っている暇なんてない(爆)。

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