雲鬼の言うとおり、血族からなのか、蔵馬は、から直接『愛の言葉』を受けたことは無かった。※1
『愛』が理解しづらい。それはの責ではない。仕方ないし、それでも構わないと思った。しかし──。
ならば、にとって俺はどういう存在なのだろう‥‥と思う。友か知人か、最悪ただの同居人か──。
せめて、それが知りたくなった。
冷酷と謳われる妖怪が、たかが人間一人の心の移ろいに一喜一憂している。そんな自分がいた。
しかし今は──。もう、その必要はない。
今回、人間界の理を知らぬ中でに危険が及び、もしかしたらを救い出せないかもしれないと、本気で恐れた。
表現できないような恐怖が全身を駆け抜け、生きているを見た時は、心の中で涙が溢れた。
そして‥‥‥‥今、を抱きたいと心の底から願った。
もし、に向けられる刃があるならば、この俺が代わりに受けてやる。を守って死ぬのであれば、本望だ。その心に偽りはない。ならば、せめて俺が死んでしまう前に──抱きたいと思ったのだ。
全てを覚えておきたい。の声も姿も、彼女の“温もり”のすべてを──。
俺はを愛している。も俺が大事だと言ってくれた。それはきっと──『愛』だと思う。の心は、もう永遠に俺から離れることはないのだ。
の温もりの中で‥‥この言いようのない幸福感で溢れる海に溺れたまま、酔いしれていたい。
俺が愛したのは、生涯かけてただ一人、“人間の女”。弱く、はかなく、些細なことで傷つき、死んでしまうほどの繊細な生き物。
『妖怪がよりにもよって人間を愛した』なんて、嘲笑いたいやつは笑えばいい。俺は全てを受け止める。
俺にとってはこの“人間の女”こそが唯一の『愛すべき者』に違いない。それだけが、俺の真実──。
「‥‥」
蔵馬は、の首筋に口づけすると、そこから胸に向かって優しく這わせていく。
だが‥‥。
の体は震えていた。肩を竦め、蔵馬の唇に怯えていたのだ────。
蔵馬は、のおびえる姿に戸惑い‥‥そっと、彼女から離れた。
(やはり、まだダメか──)
「すま‥‥ないな。今のお前には、まだ無理であることを知っているのにな」
とても寂しそうな瞳をしながら見つめる蔵馬に、は胸が苦しくなる。
なんだか、申し訳ないような気持ちになってしまう。
「無理じゃない!無理じゃないわよ」
必死に首を左右に振りながら、離れようとする蔵馬の腰布を掴んだ。
「私は大丈夫よ。だから‥‥お願いだから、そんな悲しそうな顔をしないで!」
泣きそうになるの頬をそっと撫で、蔵馬は、抱きたいという衝動を抑えながら、言葉を選ぶ。
「大丈夫‥‥か。今、俺がお前に何を望んでいるのか、何をしようとしているのか、何も知らないのにか?」
蔵馬の瞳が、獣のように怪しく揺らめいているのが分かる。その瞳を見つめた瞬間、ゾッとするような悪寒が逆立った。
「俺は、急ぐつもりはない。お前を無理強いするつもりもない」
「た、確かに‥‥蔵馬が私に何を望んでいるのかはわからない‥‥。でもねっ、蔵馬は絶対、私を傷つけたりはしないもの。それは分かっているつもりよ。そうでしょう?」
小さく、蔵馬が頷く。
は蔵馬の瞳を見つめながら、「大丈夫」と言い放った。
「その言葉は真実か?何が起きても動揺しないと‥‥。この俺に、全てを委ねることができるか?」
しばしの沈黙ののち、は強く首を縦に振った。
その言葉を、待っていた。初めて出逢った時からずっと──。
蔵馬は、胸から鍵を取り出し、エレベーターのパネルに差し込んでカチャリと回した。
(いつの間に──!?)
一体どこで盗んだのだろう。スタッフしか持ちえないエレベーターの鍵を、蔵馬は手にしていたのだ。
エレベーターの表示板が『調整中』に変わり、エレベーターが上へと昇り、『機械室』で止まる。そして、ゆっくりと扉が開いた。
がキョロキョロしながら籠から出ると、ふぅっと冷気が漂い、思わず身震いをした。
「私、初めてよ。機械室に来るなんて」
壁伝いに歩き、電気のスイッチを手探りして点けると、薄暗い蛍光灯が点いたものの、窓がないせいだろうか。どことなくまだ薄闇に近い。
「ねぇ蔵馬、ここに連れてきて、一体何をしたいの?」
が振り向いた途端、すぐ目の前に蔵馬の顔があって、思わず後ずさりをした。
ひんやりとした石壁に背をつけて声を上げると、蔵馬がの頬に手を添えながら、顔を近づけていくのがわかった。
「機械の故障でも‥‥直してほしいの?」
迫ってくる蔵馬の唇──。心臓がドキドキする。
はそのまま目を閉じ、蔵馬の口づけを受け入れようとしていたのだが‥‥
いつもとは違う口づけに、は驚いて体をびくつかせた。
∧※1…番外編 鏡
さぁ、次話は裏に行っちゃいましょうか。読者様には様々な年齢の方がいらっしゃいますので、勿論パス付です。パスは、『光に咲く花』と共通です。
話の内容は、その話を読まなくても最終話に繋がるようにしますので、「裏」が苦手な方もご安心ください。
※逆にこの話をパス付にするなら、秀一編はパス無しでもいいのかなぁ‥‥っていうか、やはり感想を頂く話は圧倒的に妖狐編が多く、秀一編はこのままENDでもいいのかも?と思うようになりつつある(-_-;)。暗黒鏡も片付いたことだし‥‥。暗黒武術会で、裏浦島の玉手箱で秀一が妖狐に戻ったところで「懐かしいね」で終わりそうだし、鈴木にもらった薬を森で試してに会ったところで‥‥コンパニオンで超〜多忙なには、もはや妖狐蔵馬に構っている暇なんてない(爆)。