違う女天使とデート


「シーヴァス危ない!」
 そう叫んだ時には遅かった。
 堕天使の攻撃を受けたシーヴァスが、ガクリと、大地に崩れ落ちた。
「シーヴァス!シーヴァス!」
 必死にシーヴァスを揺り動かすが、彼は瞳を固く閉ざしてしまっている。
 どうしよう。死んでしまったのだろうか?
「起きて!目を覚まして!」
 泣きじゃくり、シーヴァスを激しく揺さぶっていると、後ろから肩を叩かれた。
「おやめなさい──ミシェル」
 頭上から眩しい光が──。目を細めながら光の中心を見つめる。
「‥‥ラファエル様?」
 ラファエルは、涙で震える彼女の肩を両手で抱くと、地上を踏みしめ‥‥シーヴァスの顔に手を伸ばした。
 シーヴァスの顔‥‥胸‥‥足まで、流れるように手で翳しながら、ラファエルは“癒し”の呪文を詠唱し始めた。
「安心なさい、彼は大丈夫です」
 ラファエルの優しい笑み。
 ミシェルは、腰が抜けたかのように、その場にヘタリと座り込んだ。
「呼吸も脈も遅いですが、命は尽きてはいません。ただ、このままでは危険ですから、清らかな天界にお連れしましょう」
「‥‥助かるのですか!?ホントに?ホントに?」

―天界―
 うっすらと目を開けると、見た事もない澄んだ空が、シーヴァスの目の前に広がっていた。
 徐々に目が慣れ始めると、手足を動かしたり周りをキョロキョロと見渡したり‥‥。ようやく、自分が地面に寝そべっていることに気づいて、手を地に添えて起き上がった。
(ここが天界か‥‥)
 一度も来た事などないのに、ここが天界だという事がすぐに分かった。
 なまじ天使と一緒に過ごしていると、“なんとなく”だが、勘でおのずと分かってくるものだ。
(勇者の私を死なすとは、ミシェルもまだまだ修行が浅いな)
 シーヴァスは、自分が置かれた状況を嘆こうとはしなかった。
 それどころか、これはいい機会と、旅行気分であちこちを歩き回った。
 幼い頃から教会に縁があった彼は、子守唄代わりに聖書を読まされたこともあり、天界についてある程度の知識は持っていた。
 しかし、実際に天使ミシェルと会い、彼女を愛おしく感じるようになってから、最近は暇さえあれば自ら聖書を購入しては読みふける毎日である。
 人間が書いたあの物語のどこまでが真実なのか、この機会に調べてみるのも面白いと思った。
「ミカエルとかラファエルとか、本当に居たりしてな」
 自分が死んだこともスッカリ忘れ、シーヴァスの足取りはとても軽やかだった。
 時折、翼の生えた“いかにも”という人物とすれ違う。彼らはシーヴァスを見るなり、その場に跪いて深く頭を垂れる。
(私はインフォスを守る勇者だからな。天界でも有名なのだろう)
 得意満面で歩いていくと‥‥‥‥目の前に、光の筋が上空から伸びているのが見えた。
 近くまで寄ると、それが光でないことが分かった。あれは‥‥天までそびえ立つ門柱だった。
「あれは?」
 つい言葉を漏らすと、背後から声が聞こえた。
「天界の門でございますよ」
 驚いて振り返ると、一人の天使が、淡い光を帯びながら、しなりと立っていた。
 思わずシーヴァスからため息が漏れた。
 ウェーブがかった、肩までの長い黒髪。切れ長の宝石のような淡い瞳。深紅のマントに光り輝くショール。風がなびくたび、艶やかな深紅のマントと髪が風にそよぐ。
 プレイボーイなシーヴァスだが、その人物の美しさに、圧倒された。
 衣装を見る限り、先程すれ違った天使とは格が違う感じだが、その人物もまた──他の天使と同じく、シーヴァスの御前に跪き、深く頭を垂れた。
「この度は、貴方様を護る役目の天使が付いておりながらの不始末。誠に申し訳ありませぬ」
 声を発せられ、シーヴァスはやっと我に返った。
「あ、いえ。頭をあげてください」と、近寄る。
 切なげな顔をしながら、その者はゆっくりと顔をあげた。
 あぁ、そういえば、私は死んだのだった──。直に天使と接すると、途端に実感が沸いてくる。でも、とても目の前の天使を責める気にはなれなかった。
「突然のことだったから仕方ありませんよ。堕天使を倒せなかった私が悪いのです」
「とんでもない。貴方様が倒せるよう、尽力しなかったミシェルに一切の責がございます‥‥」
 シーヴァスは、ポリポリと頭をかいて、困ったなという顔をした。
「本当に私は大丈夫ですから、もう謝らないでください。私はこういうのは嫌いです」
 するとその天使は、すっと立ち上がり、シーヴァスと目を合わせるや、再び一礼をした。
 相変わらず、自分に遜る態度は変わらない────ただひたすらに“尽くす”天使に、思わず心が揺れてしまった。
 いつも傍に居る天使がそういうタイプじゃないので、余計にそう感じるのかもしれない。
 やっとプレイボーイ復活と言わんばかりに、シーヴァスは天使の肩を抱き、空いた手で髪を撫で引き寄せて優しく口づけをした。
「美しい天使殿‥‥貴方の名を教えてください」
「“天使”とお呼び下さって構いませんが‥‥‥‥。私の名はカマエルと申します」
「カマエル!では貴方が能天使の“長”でいらっしゃる‥‥。まさか本当に実在するとは──素晴しい」
「よくご存知で‥‥」と、シーヴァスの求める握手に、カマエルは快く応じた。
 自分の存在と階級‥‥加えて職まで知るシーヴァスに、天界が寄越したミシェルが、てっきり自分の事をペラペラと話したのかと思ったのだが‥‥。
「聖書で貴方の存在を知って、一度お会いしたいと思っていたのです」
 その言葉にカマエルは納得し、嬉しそうに頷いた。
「天界に来たのなら、それで構いません。美しい貴方と出会えたのですから──。これも運命でしょう」
 するとカマエルは、シーヴァスの口説き文句に一切反応せず──
「ご安心下さい。傷が深かった為に天界にお連れしましたが、死してはおりませぬ。ただいま、天使が貴方様を癒してございます。しばらくすれば、人間界にお戻りになられるでしょう」
「それは残念だ。せっかく美しい貴方に出会えたのに、これでお別れとは──」
 シーヴァスは顔を覆って首を振り、オーバーに残念がってみせた。
「何を仰られますか。これでお別れではございませぬよ」
 カマエルは天界の門を指さして──
「貴方様が清い心でいらっしゃれば、いつかあの門をくぐり、この天界の世に迎えられる事でしょう」
「‥‥‥‥はぁ」
 相変わらず素っ気ない女天使だ──。
 だが素っ気ないところが美しい。
 なんとか口説きたい!というか、彼女の笑顔を一目でいいから見てみたい。
「どうぞこちらへ‥‥。ご案内いたします」
 踵を返し、カマエルはシーヴァスを手招きするや、先頭に立って歩き始めた。
 シーヴァスは、慌ててカマエルの正面に立ち、自慢の口上で口説き始めた。
 カマエルが歩みを止めないために、シーヴァスは後ろ歩きをしながら口説いている‥‥。
 時折、何かに躓いてはバランスを崩して後ろを振り返る──。
 ムードも華も無い‥‥。実に滑稽だが、仕方が無い。
「それにしても、貴方はお美しいです」
「ありがたいお言葉でございます」
(だめか‥‥)
「ずっとそばにいてほしいですよ」
「それは‥‥光栄にございます」
(これもだめか‥‥)
「貴方を愛しているといったら‥‥貴方は私を笑いますか」
 カマエルの足がピタリと止まった。
 よしっ!あとは、彼女の瞳をしっかり見つめて──。と、彼なりに策を巡らせていると‥‥
「シーヴァス、何をやっているの?」
 知った声に驚いてあたりを見渡す。
 今まで気付かなかったが、右側に巨大な樹木がそびえ立っていて、そこからミシェルがヌッと現れたのである。
「さっきから、何キザなことを言ってるの?」
「あ?あぁ〜ミシェル。いつからいた?どこから聞いていた?」
「ずっとそばにいてほしい‥‥ってところからだけど、シーヴァス、あちこち散歩しないで。ただでさえこの天界は広いのよ。探すのが大変だわ!」
 愚痴りながら駆け寄り、彼の背後に天使‥‥カマエルがいることに気づいて、ミシェルの愚痴は消え顔色も青ざめ、緊張で硬直して一歩も動けなくなってしまった。
 一介天使からすれば能天使は雲の上の存在。立会人無しでは会う事は許されない身分である。
 それなのに、その能天使の頂点に立つ“長”と会っている──。
(この方が、カマエル様‥‥‥‥!)
 ミシェルは、カマエルと会うのは初めてだが、彼の噂は知っている。いや‥‥きっと天界中の天使が知っている。
 “血のカマエル”の異名を持つカマエルと対峙すると、天使同士なのに、恐怖を感じてしまう。
 背筋に悪寒が走り、足がガクガクと震えてくるのがわかる。
「能天使カマエル様!シーヴァスと‥‥ご一緒で‥‥。それは‥‥どうも安心しました。ありがとうございます!!」
 緊張のあまり、意味不明な感謝の意を述べまくり、スッと屈んで敬虔をする。
「私は無罪だ!無罪だぞ!」
 シーヴァスはカマエルの肩を突き飛ばして逃げるが、そのままミシェルに腕をつかまれ、グイッと引き寄せられた。
「シッ!能天使様の御前でふざけないで!大声を挙げないで!」
 真っ青な顔でミシェルがシーヴァスを抑えると、カマエルはミシェルの正面に立ちはだかり、シーヴァスの腕から手を離すように命じた。
「失礼なのはそなただ‥‥天使ミシェル」
 カマエルはシーヴァスの左胸に手を当て、『鼓動』が高鳴り始めたのを確かめながら‥‥‥‥
「天界の世にシーヴァス様を踏み入れさせて、その言い様はなんだ」
 ミシェルの表情が、一気に強張る。
「や‥‥っ、彼女を責めないで下さい」
 彼女のすくんだ表情を察してか、シーヴァスはミシェルを庇い、慌ててカマエルを制止した。
「ミシェルが怪我を負うことが無かったのですから、私はこれで良かったと思っています」
 シーヴァスは、自分が死に陥った理由を詳しくカマエルに話し始めた。誤解されないように、できる限り丁寧に──。
 堕天使からの攻撃を受けた時、ミシェルはしっかりとシーヴァスの身を庇い、彼の体を包むように覆いかぶさった。
 シーヴァスも、自分が“庇われている”ことを理解した。
 しかし、ミシェルが傷つくのを恐れたシーヴァスは、咄嗟にミシェルを抱いて体を反転させ、彼女の上に覆いかぶさることを選んだ──。
 ミシェルが叱られることのないよう、汗だくになって喋るシーヴァスの姿に、カマエルは──そういうことかと、腕組みをし、苦笑いを浮かべた。
「以上です」と、シーヴァスが肩で息を切らせて熱弁を終えると、カマエルは思わずククッと笑う。
 ミシェルもつられて笑い‥‥張り詰めた緊張が一気に解け、シーヴァスとミシェルは互いに笑みを浮かべた。
 その時だった。
 シーヴァスの体から、仄かな光が靄のように泡立った。
「‥‥これは?」
「どうやら、天使が貴方様を癒し終えたようです。さぁシーヴァス様、これで地上にお戻りになられますよ」
 そう言われると、途端に名残惜しいものである。
 ミシェルの誤解が解けたから、もう心配しなくて良い。
 それに、せっかく彼女の名前を聞き出し、笑顔まで見たのだ。ここまで来たのだから、もっと親密を深めないと‥‥。
 何の気なしに宙を見上げると、一人の天使が彼の頭上に現れた。
 シーヴァスは、その人物が携えている剣を見て、彼が誰だかすぐに分かった。
「貴方はもしかして‥‥ミカエルとかいう‥‥!?素晴しい、物語の人物かと思っていた」
 シーヴァスは興奮して握手を求めたが、ミカエルの視界に入っていなかったのか、そのままカマエルに走り寄り──
「カマエル!すぐに来てくれ!地上に悪魔が毒気がする!」
「何と無礼な!見よ。勇者シーヴァス様の御前であるぞ」
「シーヴァス?あ、君か。へぇカッコいいなぁ!ミシェルをよろしく頼むぞ〜。それはそうとカマエル、実はな〜」
 急いでいるのか慌てているのか。彼の軟派な態度に、シーヴァスの体からガラガラと崩れ落ちるものがあった。
 それを横目でチラリと見据えるミシェル。‥‥‥‥彼の気持ちも分からなくはない。
 暫く、カマエルとミカエルは揉めながらも何かを話していた‥‥。

「何?悪魔の大群が──!?」
「悪魔勢を率いているのは恐ら公爵クラスの女悪魔だ。異性でなければ悪魔は怯まん可能性がある。『男』が必要だ。カマエル、副指揮を務めてはくれないか!」
「よし、わかった」
 カマエルは、シーヴァスに向き直りながらマントを翻すと‥‥
「シーヴァス様。誠に申し訳ありませぬが、悪魔討伐のため、ここで失礼致します。ミシェル、シーヴァス様を人間界へお連れせよ」
「は、はい!」
「では頼む!ミカエル、我を案内しろ!」
(‥‥‥‥お、男!?)
 ミカエルの笑みが消える。確かに“男”って言っていた。そういえば、“男”のような言動が、ちらほらだがあったような気がする‥‥。
「なあミシェル、カマエルとかいう天使って‥‥」
「フフッ、お綺麗な方でしょ〜。『魔性の美貌を持つ“男”』ってミカエル様は仰ってたわ。私、お会いするのは初めてだったけど‥‥こんなにもお美しい方だったなんて──」
 あぁ‥‥。肩をがっくりと落とすシーヴァス。
 野郎だったのか。情けない‥‥私は男を必死に口説いていたのか。
「シーヴァスって、さっきカマエル様に寄り添ってたわよね。もしかして口説いていたの?もしかして、女性だと思って」
「ば、ばかなことを」
「ウソ!赤くなってる!やだ〜〜〜〜可愛い〜〜〜」
「うるさいな。ほら、私は地上へ帰れるんだろう!案内しろ!」

「────────ミシェル!」


プレイ中、シーヴァスとの相性が最悪で、死なせてしまった過去を5回も持つ私にとっては、いつもの(爆)光景‥‥
別に、私だってシーヴァスを死なせたくないし、死んでしまったらショックなのです!!←ホントです!!
死んだ原因は、私が急行しなかったり(汗)、妖精も同行させなかったり(汗×2)、アイテムが尽きていたり(酷すぎる)。
※web拍手で、ミシェルはまだカマエルに逢った事が無いのに、何故一目でカマエルと分かったのですか?というメッセージを頂きました。カマエルは、特徴的な“血色の鎧”を身に纏っていますし、天使は各自に身につけているシンボルが違うので、すぐに誰だか分かるのです(*^ー^*)。

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