鎌で誤って自分を斬った黒鵺に対し、「こんなものを腰に提げてるから悪い」みたいなことを、言ってしまったこともある。※1
彼は盗賊だから、てっきり護身用にでも持っているのかな〜ぐらいにしか思っていなかったけれど。
実際に使っているところを見ると、鎌は黒鵺にとって大切な商売道具だったことがわかって‥‥。
それを軽視した自分に、少し反省してしまった。
「さすが黒鵺様。素敵だわ」
目が完全にハートマークになっている加羅である。
「あの‥‥加羅さん。あの人って、本当に黒鵺ですか?」
「──はぁ?あんた、なに言ってんのさ?」
「黒鵺って‥‥いつもあぁなんですか?だって、私が知っている黒鵺は、もっと──」
いつもあっけらかんとしていて、単純で、でも妙に心配性で‥‥。そんな黒鵺の姿しか知らないにとって、彼の闘う姿はそれほど衝撃的だった。
まるで──そう、“殺人鬼”の異名が相応しい。
もしかしたら、この黒鵺は、自分が知っている黒鵺じゃなくて、黒鵺そっくりの別人だったりはしないのか。
(私ったら、こんな人とケンカしてたりしてたの‥‥)
こんな黒鵺の姿を見てしまったら、加羅が、『彼に対して横柄な態度を取るなんて許されない』と怒るのも納得である。
なぜなら、彼女たち賊の皆は、とは違って、この黒鵺の姿しか知らないのだから──。
「ほら、あんたがいるとわかったとたん、黒鵺様は強くなるんだよ。私の言ったとおりだろ?」
「そ、そう‥‥ですか」
黒鵺の戦う姿を初めて見たのだ。自分がいるときといない時の違いなんて、全く分からない。
自慢げに語った加羅だが、の言葉が、自分が期待していたものと違ったため、不服そうに眉間にしわを寄せた。
「これであんたが黒鵺様の目の前に出れば、もう勝ったも同然だよ。さぁ行った行った!」
「え!?‥‥い、今ですか?」
正直、足がすくんだ。黒鵺の役に立ちたい思いはあるが、怖くて一歩が踏み出せない。
「さ、早く行きなったら!」
渋るに加羅は苛立ち、妖気で作ったストールでの腕を絡めると、黒鵺のいる戦場に思い切り放り投げた。
「キャァァ!」
背後から聞こえた悲鳴に気づいた黒鵺が振り返ると、が放物線を描きながら降ってきて──ドサッと敵副将の足元に落ちた。
「!」
とっさに、名を呼んでしまった。
助けるために駆け出そうとすると、蔵馬が黒鵺の肩をつかんで引き留める。
「女の名を呼ぶな。関係があると気づかれる」
「し、しかし──」
「俺が、こちらへ引っ張り出す策を考えてやる。お前はヤツの気を逸らせ」
たたらを踏む黒鵺を横目に、敵副将が、降ってきたの顔をじっと眺めていた。
「おっ、人間じゃねぇか!人間だ!人間の女だぁ〜!」
面白そうにを眺めながら、その身に触れようと腰をかがめた瞬間──。
「よせっ黒鵺!」
の前に立ちはだかるように、黒鵺が滑り込んだ。
ガキンッ
いつのまにか、男は大剣を黒鵺に向けて振り下ろしていた。
この瞬発力の速さ。仮にも相手が副将であることを意味していた。
しかし、黒鵺とて副将である。とっさに鎌を取りだし、男の大剣を受け止めていた。
「ほぉ、よく受け止めたなぁ優男。でもよぉ〜。ゲヘヘ、いつまで持つかなぁ〜」
大剣と鎌。鎌が圧倒的に不利なのは目に見えていた。
(あのバカが‥‥!)
蔵馬が舌打ちをして頭を振った。
男は、最初は右手一本で大剣を振り下ろしていたが、余った左手も沿えると、一気に圧しにかかった。
「くっ‥‥!」
じりじりと圧されていく黒鵺。
いつもであれば、態勢を立て直すために一旦後ろに退くが、今回は後ろにがいるため、退くわけにはいかない。
背後で倒れているの気を伺う。かろうじて意識はあるようだが、とてもじゃないが、自力で立ち上がって逃げ出せそうではない。
「けっ、この賊に大将は‥‥いないのかよ。ひょっとして‥‥寝て‥‥やがんのか?」
黒鵺は、自らが不利であることを悟られぬよう、あえて敵を挑発してみせる。
「心配すんな〜。ちゃんといるよ。それより、その鎌をどけな。優男」
「な‥‥に?」
「ゲヘヘ。その女、人間なんだろぉ?お前、な〜に守ってやがんだぁ?はは〜ん。ひょっとして‥‥お前の女なのか?」
黒鵺は口を噛み締めながら大剣を圧し返す。
なぜこんなところにが来たのか。どうして‥‥。一体誰がを──。
が飛んできた先には、加羅の姿があった。
(か、加羅‥‥!?貴様が‥‥)
「おいおい、よそ見するなよ優男。その人間の女ぁ〜。俺に寄越せよ〜」
黒鵺の瞳が深紫に光った。
「お前の女って話なら、イヒヒ、気が変わったぜ。女を俺に寄越しな。殺してやるからよ〜。ゲヘヘ、久しぶりだぜ〜人間の血の匂い!」
「てめえ!」
舌なめずりをする男。カッとなった黒鵺は、男の腕を足で蹴りあげた。
男が手にしていた大剣が、黒鵺の頬をかすめて跳ね上げられる。
跳ね上がった剣を掴もうとする男より先に黒鵺が手にすると──その剣で男を突き殺した。
「ケッ、自分の剣に斬られて死ぬなら本望だろうぜ」
捨て台詞を吐きすてながら、頬に一筋‥‥垂れた血を拭った。
男を倒した余韻に浸ることもせずに、黒鵺は背後で倒れているを抱きおこした。
「!──しっかりしろ!」
の身を案じる黒鵺。彼の姿は、先ほどの殺人鬼のような姿とは違い、いつも知っている黒鵺だった。
「く、黒‥‥ぬ‥‥」
「心配すんな!大丈夫さ、死んだりはしねぇよ」
差しだした手を黒鵺がグッと握り返してくれると、安堵感で気が緩んだのか、そのまま気を失ってしまった。
「!」
蔵馬の賊の部下たちは、一体何が起こったのかと呆気にとられ、誰一人として微動だにしなかった。
黒鵺は気絶したを抱きかかえて立ち上がる。
「蔵馬、加羅が──」
「わかっている。だが、今は気付かないフリをしろ。あの女の事は、あとで俺が始末をつける」
「あ、ああ」
加羅暗殺の作戦はひとまずお預けだ。いまは、それどころではない。
「帰還するぞ」
蔵馬の一言で、賊らは一斉に争いをやめ、アジトを去り支度を始めた。
まだ、敵賊の大将を倒してはいない。しかし誰一人として、敵の大将のことは口にしなかった。
“頭”の命令は絶対。それが染みついているために、“頭”の蔵馬を中心にして、部下らは蜘蛛の子を散らしたように、去っていった。
◆
「あんた、なんてことしてくれたんだい!せっかくの作戦が台無しじゃないか」
「ご、ごめんなさい!」
勝てる戦をみすみす台無しにしたと、加羅はを激しく責めたてていた。
ここは、蔵馬率いる賊のアジトとは少し離れた場所にある、もう一つのアジト。
日帰りで仕事を終えることが難しい盗賊業。たいていの賊は、本拠地のアジトとは別に、複数のアジトを所有している。
蔵馬と黒鵺は、今回の件が加羅の企てと知っているが、今は気付かぬフリをして泳がせている。
はある一室で、加羅の治療を受けていた。黒鵺が加羅に、を治療しろと命じたのだ。
部屋にはと加羅の二人きり。
加羅は、自分の企てがバレていることも、泳がされていることも‥‥敢えて二人きりにさせられていることすらも知らずに、の治療をしながら詰め寄っていた。
せっかく敵賊副将の側に飛ばしてやったのに。受け身も取らずに地面に落ちて動けなくなった。
黒鵺を危険にさらして、挙句の果てにアッサリ気を失い、自分の手当を受ける羽目になるなんて。
「私がせっかく黒鵺様のためを思ってやったのに!黒鵺様がケガをしたら意味ないじゃないか。しかも大将を倒さずに帰還させるなんて──。盗賊の恥さらしもいいとこさ。全てあんたのせいだからね!まったく‥‥うちの賊もとんだお荷物を抱えたもんだよ」
加羅は、は賊にとって『役立たずの足手まとい』でしかないと、辛辣な言葉を浴びせ続けた。
「黒鵺様の頼みだから、あんたの傷を癒したけどさ。なんで私が貴重な妖力を使って、役立たずのあんたを護らなきゃいけないんだよ!」
何も言い返すことができず、は叱られている犬のようにシュンとして涙ぐんでいた。
「おや、泣くのかい?人間はいいねぇ。こういう時──」
「ごめんなさい!今度は失敗しないように頑張ります。だからお願い!加羅さん」
「ふんっ。冗談言わないでよね。あんたに次なんかないよ。どうせやるなら、次はあんたの連れの女を使って作戦を立ててやるんだから」
「を?」
「さぁ?名前までは知らないけどね。あんたの連れの縮れ毛の女さ。見た感じ大人しそうだし、あんたより役に立ってくれるんじゃないのかねぇ?」
「はダメです。やめてあげて!何も知らないのに、利用させるなんてできません。もう一度、私がやりますから!失敗しないって約束しますから!」
「しつこいね!言っただろ、あんたに次なんてないよ!私は、絶対黒鵺様の役に立ってやるんだ。私の作戦を実行させるためには──」
「どんな作戦か、聞かせてもらおうか」
突然聞こえた声に、と加羅は振り返った。
気配を殺して部屋に入ってきたのは──蔵馬と黒鵺だった。
∧※1…2部-8話
血を一滴も流さない戦い方。私だったら黒鵺は庇って斬られてますが(笑)、頬に擦り傷だけで済ませてくれた先生にあっぱれ。
この小説を書く前には、一応漫画でも描いたりしています。
黒鵺があ〜している間、蔵馬の立ち位置はココ!とか、蔵馬の角度からは、黒鵺はどっちの方向に見えるとか。
さてさて、新参者のヒロインを快く思わない妖怪の加羅の暗殺が失敗しました。