それは閃光が走ったと同時に──大爆発を起こした。 「ゲホッ、ウッ‥‥ゲホッ!」 黒煙をかき分けて、ルイスが窓際に避難する。 「ったく‥‥何でだよ〜」 これで、3度目の失敗。 「もう〜信じらんない!」 さっきまで笑顔を絶やさなかった、幼なじみのイオラ。 最初は「ドンマイドンマイ♪」とルイスを励ましていたが、さすがに不機嫌になりつつあった。 何度試しても、成功しない魔術。 (ひょっとして、オレって向いていないのかも‥‥) ルイスは、純血の悪魔ではない。悪魔と人間の混血である。 混血とは、何とも厄介なもので──。 人間の血が半分混じっているせいで、毎日苦労が絶えない身だ。 狩りをしに主人と人間界に降りるも、肝心のところで──つまり、狩る直前でルイスは踏みとどまってしまう。 「人間に親しみや哀れみを感じるじゃと?バカなことを‥‥。そなたは悪魔なのじゃ。しっかりせい!」 「‥‥‥‥はい、ご主人様」 しかし今日もルイスは狩りに失敗し、やっぱり主人にこっぴどく叱られた。 そして、部屋を退室したところで、イオラとバッタリ出くわしたのだ。 魔道書に被ったすすを払いながら、イオラは発破をかける。 「何も悩むことなんかないじゃない。人間を堕とすなんて‥‥。私の美貌にかかれば、人間なんかイチコロよ♪」 イオラは机の上に座って足組みをし、得意のお色気悩殺ポーズ。 ルイスは、ムッとしてそっぽを向く。 「簡単なのは、イオラが純血の悪魔だからだよ。オレの気持ちなんかわかんないよ!」 「そうね〜。アンタには無理かもねぇ」 イオラは机から飛び降りるなり、ルイスの前で仁王立ちになった。 「何だよ!さっきまでオレに発破かけてたくせに‥‥」 「だって本当のことじゃない!私のさっきの悩殺ポーズ。チャームの魔法入りって、ルイスってば気づいてた?」 ぽかんとし、「‥‥え?」という顔をするルイス。 イオラは、魔道書の角でルイスの額を小突きながら、愚痴った。 「呆れた〜。私のチャームに反応しないなんて!このイオラ様の、特別大サービスのショット付だったのにー」 自慢の足首をスカートのスリットから覗かせながら、イオラは軽くショックを受ける。 「ルイスって素質ないんじゃいの?魔術をかけられても、気づかないってだけだったら‥‥『鈍い』で大目に見てもらえるけど、狩りができない悪魔なんか、悪魔じゃないわ。もう、インキュバスなんかやめちゃえば?それだけが人生じゃないっしょ」 イオラは、魔道書を肩の上でポンポンと弾ませる。 先生きどりで、「そもそもルイスはね──」と、指差し説教に入るや否や‥‥ 「こらこら、そんな事を言うものではないよ」 低く‥‥優しい声が響くと同時に、イオラの手からスッと魔道書が奪われた。 そして、その魔道書で彼女の後頭部をコツンと小突く者──。 「誰よ!」と、イオラはキッと睨みを利かせて振り返るが──声の主と目が合った瞬間、ガバッと床にひれ伏した。 「お‥‥お許しください!」 深く頭を下げると、その者は静かに微笑む。 「リロイ様‥‥!」 ルイスは思わず声を上げた。その人は‥‥ルイスが憧れてやまない人だったからだ。 「気の強い女の子だね」 イオラは恥ずかしそうに、エヘヘと笑って取り繕う。 「君は確か、この子にイオラと呼ばれていたね。使い魔なのかな?衣装からすると、“筆頭”のようだが‥‥」 「は、はい!私はナタリー様にお仕えしております、筆頭使い魔のイオラと申します!」 イオラは再度、深々と一礼。 “筆頭”を強調して自己紹介する彼女に、ルイスは半ば呆然と見つめていた。 「君達の声が聞こえて‥‥悪いと思ったが、話を聞いていた」 「はぁ‥‥」 「その中で、ちょっと気になったことがあってね。口を挟んでも良いかな?」 良いかなと言われても、「ダメです」などと言えるわけがない。 「も、勿論でございます!何なりと──」 イオラは、そう言葉を返した。 (私を見て気になったなんて‥‥。良い働きをするとか?“筆頭”にしておくのは惜しいとか?もしかして──さっきの私のチャームと美貌に‥‥) てっきりイオラは、お褒めの言葉を頂けるのだと思い、ドキドキしながら待っていた。しかし‥‥ 「彼を、君の常識に当てはめてはいけない」 悲しい事に、それはお褒めの言葉ではなく、忠告だった。 「見たところ、彼には人間の血が混じっているね。ということは、純血の悪魔の君とは違うということだ。一緒にしてはいけないよ」 イオラの表情が、一気に強張っていく。 リロイは椅子に腰掛け、隣に座るようルイスを手招きした。 おずおずと、前に出るルイス。 私も──と、つられて足を踏み出したイオラを、リロイの従者が止めに入った。 「‥‥何よ‥‥」 「ご存知でしょう。リロイ様も人間の血を持つ身。彼の事はリロイ様にお任せください」 「でも‥‥」 「人間の血が入っている悪魔は、とても貴重な存在です。あなたの言葉は確かに正しいが、今の彼には重過ぎる。ここは──引きなさい」 この言われよう。まるで責められているようだ。 (私って‥‥悪者?) 「従者様‥‥!ルイスは友達なんです。キツイ事を言ったけど‥‥その‥‥本心ではなくて、あの‥‥」 イオラは必死に弁解をした。しかし、彼にはすでにわかっていたようで── 「分かっていますよ。一緒に魔術の特訓に付き合ってあげたという貴方の優しさは、ルイスは勿論、私達にも通じています。だから、安心なさい」 従者がそう微笑むと、イオラは笑顔を取り戻した。そして、その言葉に納得したのか、一礼をして帰っていった。 「君は女官長リディアの使い魔だね。人間を堕とすことができなかったと、門前で叱られていたね」 ルイスは、恥ずかしそうに俯く。 「叱られてすぐここに来て、魔道書を開いて──次の狩りに向けての特訓かな?」 魔道書をペラペラとめくるリロイ。 彼の従者──ライナスも、興味深げにその本を覗き込む。 「へぇ、魔道書入門‥‥。君は新入りの使い魔かい?」 聞かれて、硬直するルイス。それは、ルイスにとって一番聞かれたくないことだった。 キョトンとしているライナスにリロイはそっと‥‥(この子も“筆頭”使い魔だ)と、耳打ちをする。 この本は新入の使い魔──あるいは、その“卵”たちが読む書物。 顔を真っ赤にして俯くルイス。対して、気の毒なことをしたと、頭を抱えて青ざめるライナス。 「連れの者が失礼をしてしまった。だが、何も知らぬ故、どうか許しておくれ」と、リロイは魔道書をルイスに返した。 「‥‥いえ、とんでもないです!今更──こんな本を読んでいるオレが悪いんです」 ルイスは力なく応え、魔道書を開く。偶然にも、さっき自分が失敗した魔術のページが開かれた。 『召還〜闇〜 難易度2』のタイトルが、冷たく突き刺さる。 「オレ‥‥イオラの言うとおり、素質が無いんです。人間と対峙するとすごんじゃって‥‥。魔術はご覧とおり、難易度2でさえ失敗です。10段階でですよ。笑っちゃいますよね。 同僚からは、「何でお前が“筆頭”なんだ」って言われちゃうし‥‥。さっきはさっきでご主人様に叱られるし‥‥。本当、ダメなんですよオレ。 次の狩りは3日後‥‥。もうどうしたらいいか。せめて一介の使い魔になれたら、少しは気が楽になるのに‥‥」 ルイスの愚痴を聞いていたリロイは、興味深げだった。 (悪魔の望みは、より高い地位に昇ること。誰もが寵愛を巧みに利用し、至高の地位を目指して生きているというのに、この子は‥‥) 魔術を習得するのも主人に従うのも、全ては、栄光の地位を勝ち取る為。 悪魔の階級は、下がりこそすれ上がることは滅多にない。一生同じ地位であり続ける。その為、そんな夢を抱く事さえ知らず、大半の悪魔は生涯を終えるものだ。 しかし‥‥幸運にも『地位昇格』の快感に目覚めたら最後。あとは、ただひたすらに‥‥玉座を目指して突き進む。 その思いは強く果てなく、帝王を蹴落としてでも、自分がその座に着こうとする。それが、『悪魔』なのである。 だからこそ、高い地位を重く感じる悪魔は非常に珍しいのだ。 「なるほど。君はどちらかというと人間の血のほうが濃いようだね。──私と同じで‥‥」 ルイスは、リロイの言葉に思わず顔を上げた。 「私も、狩りのときは毎度のように主人から叱られ、同僚からはバカにされたものだ」 「‥‥リロイ様が!?」 リロイは、自分の身の上を懐かしげに語った。 「私は‥‥ヴァンパイアと人間の混血でね。君の気持ちは痛いほど分かるよ。特に私はヴァンピールとして、生まれながらに大きな宿命を背負っていたからね。──とても辛かったよ。でも‥‥」 ライナスの肩に手を置いて── 「いつもライナスが、傍にいてくれた。彼のおかげで私は救われている」 「そんな‥‥」 照れくさそうに笑うライナス。 「傍にいてくれる人がいることは、大切なことだ。君も、君の境遇と宿命を理解できる者が必要だ」 腰を落とし、ルイスと目線を合わせる。 「私は君の力になれるだろうか?私にその資格があるなら、どうか話してほしい。君の悩みを、私に聞かせてはくれないか?」 |