どこで生まれ‥‥どう育ったのか。話し始めると、次から次に言葉があふれ出してくるのが不思議だった。 「オレ‥‥分からないんです。オレは悪魔なんだけど、何かが違う。ここの暮らしは嫌いじゃないです。リディア様はお優しいし、イオラは大切な友達です。でも‥‥狩りになると皆の目は、ハンターのように一変するんです。でもオレは‥‥いつもと同じ。ハンターにはなれない」 優しすぎるルイスの心──。リロイは、優しくルイスの頭をなでた。 ライナスは、目を丸くして聞いていた。 リロイは、ある公爵の配下である。公爵達の残酷さ冷酷さは、使い魔などとはレベルが違う。 ライナスがいつも目にしている悪魔の姿は、正に血に飢えた殺戮者である。 だが、ここにいる悪魔は──。 (何とかしてあげたい!この子は‥‥‥‥悪魔なんかではない!) ライナスのそんな思いは、どうやらリロイに届いていたようだ。というよりも、リロイも同じことを考えていたのか── 一冊の本を取り出すと、ルイスにそっと手渡した。 「この本は‥‥?」 それは、使い込まれた古い魔道書。 「これは、ヴァンパイアやグールを浄化する本だ」 (ヴァンパイアを‥‥浄化!?) 「そうだよ。悪魔たちは、ヴァンパイアやグールを呼び出すことが多々ある。しかし大半は、呼び出されたきりで地に還されはしない。私達は、彼ら悪魔が成さないこと‥‥つまり、『地に還す』という仕事をしている。後手後手に回っているようだが、とても大事なことなのだよ。誰かがやらねばならないことだ」 ルイスは狩りで見たことがある。主人が、グールやヴァンパイアを作り出す光景を。確かに、グールを魔界に連れてきたり、地に還している所を見たことが無かった。 後でどう処理をし、いつ消滅するのだろう?ずっと疑問だった。 ルイス達の部隊は、1日に2度、同じ町を襲った事がある。昼のうちにグールを作り、そのまま帰還。夜になり、再び町を襲いに来た時、グールの気配は全てかき消えていた。主人は愚痴を言いながら作り直していた。 ルイスは、グールというものは、てっきり自然消滅するものだと思っていたが、まさか、彼らが裏で動いていたとは──。 「君さえよければ、一緒にこの仕事をしないか?」 「‥‥‥‥‥‥え!?」 思いもよらない誘いに、ルイスは目を丸くする。 「嫌かい?」 慌てて首を横に振る。 「いえ‥‥というか、嬉しいです。あっ、でも‥‥」 「でも‥‥何だい?」 「オレ‥‥ただの使い魔ですよ。何もできないし──取り柄も無いし──」 ルイスは、何故リロイがこの本をくれたのか、よく理解できていないようだ。 「だからこそ、君にこの本をあげるのだよ」と、リロイ。 「君は女官長リディアの使い魔だ。女官長が所有し‥‥その中で筆頭に置いているということは、何か君に使い道があってのことだろう。そうでなければ、おいそれと君を手放したりしないだろう」 すると、ライナスは首をかしげて尋ねた。 「リロイ様のほうが女官長より位は上の筈です。直接頂きにいけばよろしいのでは?」 確かにそうだ。しかし‥‥ 「女官長が、自身で所有しているなら問題ない。だが、公爵や武将の命の下に、ルイスを召し抱えていたらどうする?その場合、公爵たちに、「ルイスのどの力が必要なのだ?」と聞かれたら、私達は何と答えればいいのだろう‥‥」 「あっ‥‥!」 「そうだ。正当な理由がいるのだよ。譲り受けるだけの理由が、必要なのだ」 功を焦り過ぎたと反省するライナスを横目に、ルイスは本をじっと見つめる。 「それで‥‥この本なのですか?」 「そうだよ。この本には、ヴァンパイアやグールを浄化する魔術が紹介されている。どうか覚えなさい。いつか、君がこれらの魔術を習得できたら──」 ルイスの肩をポンと叩いて‥‥ 「君を、私の配下に迎えよう!」 ルイスは、目を輝かせる。憧れのリロイ様と一緒に働き、悪魔の立場でもなく、人間の立場でもなく──自由に、自分らしく生きる。 「オレ、頑張ります!絶対‥‥絶対覚えます!」 ルイスの頭をクシャクシャと撫でると、リロイはいたずらっ子の様な顔を覗かせて── 「ただし、一般的な勉強もするのだよ。不満だろうが、狩りもしなさい。不満や葛藤が募れば募るほど、後の君の人生は光り輝くだろう」 「そうそう。私の主人、リロイ様のようにね」 素晴らしい主従関係。自分もいつかこの中に入るのだ──。 「君が一人前となって私の下に来る日を、首を長くして待っているよ」 リロイとライナスの姿が漆黒の闇に包まれていく。 全てが闇の中へと消える瞬間──ルイスは鳥肌が立つのを感じた。 「必ず覚えます‥‥。どうか待っていてください」 〜人間界〜 闇夜に歩く、二つの人影──。 「旦那様、何故あの子を迎えようと思ったのですか?」 ライナスが問うと、リロイは足を止め、星空を眺める。 「さぁ‥‥。自分にも分からない」 「ご自分と同じ境遇でいらっしゃるからですか?宿命を背負い、彷徨う者だから?」 ヴァンピール。リロイが授かった宿命の重さと悲しさを、長い間、ずっと隣で見続けてきたライナス。 「あぁ。それもある。あの子は‥‥昔の私だからね」 天を仰ぎ、肩をすぼめる。 「だが一番の理由は、あの子の優しさだよ。お前もあの子の目を見ただろう?」 「そうですね。とても純粋な瞳を持っていました。旦那様、あの子は本当に悪魔なのでしょうか?」 「フフッ、さぁね」 子供のような楽しそうな目でライナスに目をやり、「逆に、私はどうだい?」と聞いた。 ライナスは一瞬、戸惑ったが、苦笑いを浮かべ、肩をすぼめて──「フフッ、さぁ?」と一言。 同じ言葉を返され、「お前も私に似てきたな」と笑うリロイ。 「それはもう、300年もお側におりますから。私が旦那様に似てくるのは当然でしょう」 上目遣いで返すライナス。 主人と従者──似ている二人。彼らは共に生きていく。ずっとずっと‥‥‥‥。 二人は、笑いながら闇夜に消えていった。 次の日 いつものように、狩りを終えて魔界に帰還した女官長ら一行を、一介の女官達が頭を垂れて出迎えた。 ルイスの顔がいつもより明るく、女官長のリディアも、頬が緩みっぱなしで上機嫌である。 「リディア様、今日の狩りはいかがでしたか?」 女官のナタリーが飲み物を差し出し尋ねると、リディアはルイスを手招きする。 「皆の者、聞いておくれ。神父のヤツが、妾に聖水を投げかけおったのじゃ」 「まぁ何と!リディア様に聖水を投げかけるとは──」 「しかし、しかしのぉ〜」 リディアはぎゅぅっ!とルイスを抱きしめて── 「ルイスが魔術で妾を守ってくれてのぉ!妾は傷を負うことなく助かったのじゃ」 エヘヘと、ルイスは照れくさそうに笑った。 女官達は、盛大にルイスを褒め称え、一様に、「私もそんな使い魔が欲しい」と口々に言い合った。 リディアは得意顔で女官達を取り囲み、自慢げにそのシーンを再現して見せていた。 ルイスが女官達の歓声にすごんでいると、背後から服の裾を引っ張られた。 「イオラ‥‥」 「リディア様ったら、はしゃいじゃって‥‥。よっぽど嬉しかったのね。アンタが活躍したの」 ルイスが活躍して、嬉しさ半分──悔しさ半分のイオラである。 「ちょっと‥‥一体どうしちゃったの?ルイス。昨日とは別人じゃん。闇の召還さえも出来なかったのに──」 「ふん!昨日は昨日だろ。昨日のオレは、もう居ないよ。それに‥‥」 ルイスは、嬉しそうなリディアを眺めて── 「自分の向いている道を探したんだ。オレは、何かを召還するとかじゃなくて、誰かの為に使う魔術の方が向いているって、分かったから‥‥」 「誰かの為に‥‥?」 「そう。誰かの為に」 リディアが笑うたびに、ルイスから笑みが零れる。 (変な悪魔‥‥) 怪訝な顔で、イオラはルイスを見つめていた。 「ルイス、ルイスや!こちらへおいで。使い魔が食事を作って待っておるそうじゃ」 「は、はい」 ルイスはイオラに手を振ると、リディアと共に去っていった。 「今宵はご馳走じゃな。ルイス」 「ご‥‥ご馳走?」 「そうじゃとも。妾が息災なのも、そなたのおかげ。今宵は宴会じゃ」 リディアのご機嫌ぶりに、呆気にとられるルイス。でも、彼女がここまで喜んでくれたのは初めてだ。 (悪魔ってのも、悪いもんじゃないかも) 思わずにやけるルイスだったが── 「そうじゃ!リロイ伯爵にも、お会いしよう」 ギクッとなり、突如うろたえるルイス。昨日の今日で会うなんて‥‥さすがに恥ずかしい! 「そなたの力は、リロイ様にも通じるものがある故、次の狩りの際には、是非ご招待をせねば‥‥」 などと、リディアは勝手に話を進めだしたので、慌ててルイスは前に立ちはだかる。 「そっ、そんなことより食事ですよリディア様。オレ、もう腹ペコです。早く向かいましょう!ねっ」 リディアの手を引いて、強引に食堂へと促す。 「そんな事とはなんじゃ。これこれ、主人の手を引くでない」 そうは言いつつも──。とても嬉しそうなリディアであった。
使い魔の視点での作品です。ルシファーのような、どす黒い小説に染まっているので、番外として書きました。 天使が、下級であるほど人間の心が強いように、悪魔も下級であるほど人間の心が強いらしい。 しかし、天使は上級になり人の心を失っても、慈愛に満ち溢れている。そう考えると、冷酷と残酷のみを増してゆく悪魔って恐ろしいと思う。 悪魔が人の心を失うのは、どの階級からでしょう。公爵以上‥‥かしら? ルイスはリロイの招待に喜ぶが、主人のリディアも友達のイオラも大好き。リディアも、ルイスを筆頭に置いて愛情を注いでいる。いざリロイがルイスを迎えに来たとき、果たしてルイスはどっちに付くのだろう?心の中は、『行きたい半分/残りたい半分』かと。リディアは、リロイの命令なら素直にルイスを差し出すのだろうか?‥‥ひと悶着ありそうだが、それもルイスの試練ということで(笑)。 |