闇に咲く花Short Story

ブローチの功罪-1

 役職を表す医者の腕章。地位を表す社員証。
 選手よりも身分が高く、スタッフの中でも、医者は更に高い。
 が歩けば、スタッフの誰もが擦れ違いざまに頭を下げ、道を開け敬語で話しかける。
 選手やスタッフ達が泊まるB棟では、は“偉い人”である──。
 ただ‥‥首くくり島に金を落としてくれる観光客は、大事にしなければならない。客に呼び出しを受ければ、棟を超えてでも駆けつけ、時には良き話し相手となり、カウンセリングのようなことも行わなければならない。
 血生臭い殺伐としたイベントを観て、ショックを受ける観客もいるからだ。
 もっぱら人間が多いが、観戦している妖怪であっても例外ではない。“妖怪=好戦的”と決めつけるのは誤りだ。
 笑顔で接客・笑顔で応対。
 一定の妖力を持つ妖怪の観客には手厚くするように──と、運営スタッフからは強く言われており、妖気計を持たされている。
 将来『選手』になるかもしれない彼らは、“金のなる木”なのだとか。

「ねぇちゃん達だけだぜ。俺達とまっとうに接してくれるのはよぉ」
「みんな、おいら達に媚び売りやがってさ‥‥。全く、嫌になっちゃうよ!」
「俺も肩が凝ってしょ〜がね〜だ。ったく、なんなんだべ。おちおち外も歩けね〜」
「全くだ。俺達はそのような特別待遇を望んではいない」
 A棟。は、彼らが泊まっている客室で、相当うっぷんが溜まっている4人の愚痴を聞かされていた。
 彼らは観客だが、一定の強い妖力を持っている。
 そんな彼らにご機嫌をとり、媚びへつらい、果てには味方につけようとお世辞おべっかを用いる‥‥いわゆる『手厚く』の意味をはき違えたスタッフは多い。
 彼らには、それらのストレスのはけ口が無いので、気兼ねなく中立な立場で接してくれるの存在が、大変有りがたいと言ってくれた。
 人間が妖怪4人に囲まれている構図は大変珍妙だが、なんでも他の医者達も彼らを見るなりゴマ擦りをしてくるので、致し方ない。
 コエンマから聞いたが、妖怪のストレスのはけ口としてこの武術会が存在しているという。
 ストレス発散の為に観光に来たのに、余計にストレスを抱えてしまうなんて──しかもその原因がスタッフだなんて、なんとも申し訳ない。
 そんな罪滅ぼしの気持ちもあるが、もし、これを機会に妖怪の心理をもっと知ることが出来たら‥‥。
 妖怪の事を知りたい。色々な事を話して欲しいと思い、達は積極的に彼らと関わりを持つようにしている。

「すまねぇな姉ちゃん。退屈だろうこんな話」
 酎が申し訳なさそうに頭を掻いている。は「もっと話して」と促したが、人間と妖怪、そうそう共通した話題があるわけでもない。
「おっし、だったら今度は姉ちゃんが俺らに話をしてくれ。姉ちゃん、どの部屋に住んでるんだ?ちぃっと教えてくれや」
「‥‥はぃ?」
ちゃん、あっちの棟に泊まってるんだろ?オイラ、今度遊びに行ってやるよ」
「ちょ、ちょっと!」
「ヘヘっ。実は俺‥‥知ってるだ。って言っても、ちゃんの部屋だけどな」※1
(あのぉ‥‥その部屋に、私も泊まってるんですけど)
「オイオイなんでぇ陣、な〜んで俺達に言わねぇんだ!どの部屋だ!?」
「それはだなぁ〜」
「ダメダメ絶対〜ダメ!言っちゃダメ!どこで誰が聞いているか、分からないんですからー!!ここに泊まってるの、貴方達みたいな良い妖怪ばかりじゃないんですよ」
 宿泊者がある程度限定されるB棟に比べて、A棟は意外にも安全面で劣っていたりする。
 しきりに首を横に振るに、陣と酎は顔を見合わせた。
「確かに一理あるな。どこで誰が聞いているか分からん。妖怪ならともかく、彼女は人間だ。身辺に関わる話は、これ以上よした方がいいだろう」
 凍矢が窘めると、酎と陣も納得してに詫びた。
「すまねぇな。安心するだ。絶対誰にも言わねぇよ。まかせるだ!俺、口が堅いからな」
(本当かしら。そうは見えないけれど‥‥)
 がひとまず胸をなで下ろすと、鈴駒が、実は‥‥の身辺を知っている者が、近くにいるらしいんだと明かした。
「それ、本当?」
「オイラの勘だけどね。多分あっちの棟に泊まっているヤツだよ」
「あっちっていうと‥‥。選手ってことか?」
「どうやら違うみたいだよ。もしかしたら、ちゃんを追って泊まっているのかもね。ちゃんが人間であることは勿論、そいつ他にも色々知っているみたいなんだ。この前、他のスタッフにちゃんの事色々聞いていたの、オイラ聞いちゃったんだ」
 その男は、黒い帽子に黒い服を着ている。黒い長髪を後ろで結んでいる。背中に羽があって、尖耳に──。
 ここまで聞いた時点で、にはそれが誰だか分かった。『黒鵺』である。
「あ、そいつ。俺も見たことあるだ」
「酎だってこの前見たろ。ほら、鎖鎌持ってた奴だよ」
「あぁあいつか!この前、やたら血だらけだった奴だな」
「‥‥血だらけ?一体どんな方なの?」
 黒鵺を知らないフリをしながらが尋ねる。
「そうさ。あいつ、腰から血流しながら裏の森をヨロヨロ歩いてたんだ。オイラでも血の跡を辿って追えるぐらいさ。妖力がまるで無いのに、血臭だけ凄く匂ったんだ」※2
「ひぇ〜おっかねぇ。そりゃ『襲ってくれ』って言ってるようなもんだべ」
「だろ?俺だったら、治るまでどこかに身を隠すね。でもそいつ、いきなり10人ぐらいの妖怪の輪の中に入って──斬りつけやがったんだ」
「弱ってるくせに、自分からふっかけやがったのか?そりゃぁ自殺行為ってもんだろう」
「そうだよ。で、あっという間に『1対10』の斬り合いさ」
「自分からケンカふっかけて死ぬなんて、大馬鹿野郎だべ」
「でもね‥‥信じられないけど、そいつ、妖怪全員を1人で倒しちゃったんだ」
「鈴駒、勝手に話を作るな。妖気の無い者が、どうやって10人の妖怪に勝つというのだ」
「くっだらねぇ。作り話ならもっとうまくつけよ鈴駒」
「うそじゃね〜よ。オイラ嘘はつかね〜よ」
 横で聞いていたは、鈴駒の話が嘘では無く真実であることを確信していた。
 黒鵺は、自身の脇腹を鎌で誤って斬ったことがある。それは、その時の傷に違いないだろう。※3
 彼はに大丈夫と言っていたが、恐らく──相当深かったのだ。
 黒鵺は本来A級妖怪。ブローチを装着している為、妖力は限りなくゼロに近づく‥‥が、決して完全なゼロではない。
 装着する者の持つ“気”が強ければ強い程、それを抑えこもうとするブローチの働きも強くなる。
 最終的には、装着する者の“気”を吸い取ってまで抑え込もうとする。そこまでしないと、強大なA級妖怪の妖気をゼロに近づかせることなど到底不可能なのだ。
 ブローチの力を以てしても抑え込めなかった“気”が、最終的に放出される。
 黒鵺はおそらく、他の妖怪からは“最下級妖怪”と判断されているに違いない。
 そんな、濃い血臭が漂う最下級妖怪が、こんな血気溢れる妖怪の渦の中でフラフラと歩いていたら‥‥。
 それがどれほど危険な事なのか──。
 ブローチは諸刃の剣。思わぬところで返って命とりともなる代物だ。
(どうして私に一言、言ってくれないのよ‥‥)
 知ってさえいれば、あの夜、黒鵺を医務室に引っ張ってでも治療させたのに──。
 なんというか、なぜだか無性に怒りがこみ上げ、同時に、どこか寂しくて‥‥そしてうまく説明できないが、悪寒が全身を伝っている。
 目の前で殺戮が起き、それを傍観し、まるで日常の出来事のように語ることのできる彼らは、やはりどこか人間とは違っている。
 そして、妖怪とはいえ、人を、いとも容易く殺してしまえる黒鵺のことも──。
 しかし、だって人の事は言えない。真っ先に考えなくてはいけないのは殺された10人のことなのに、考えるのは黒鵺の事ばかり。
 黒鵺に怪我はなかったんだろうか。あれからは大丈夫だろうか‥‥。傷は癒えたのだろうか。
 生き残った者たちが、黒鵺に報復してきたらどうしよう。
(いっそ全員、殺されてれば──)
 そこまで考えて、自分の恐ろしい考えにゾッとして冷や汗を感じた。己の中の“闇”を感じる瞬間かもしれない。
「どうしただ?
 陣の言葉で我に返ると、皆が心配そうにを見つめていた。
「もしかして姉ちゃん。あの男の事、怖いのか?」
「心配するな。俺達がやっつけてやるべ」
「オイラも、今度会ったらこのヨーヨーをおみまいしてやるよ」
 皆の気遣いは、とても嬉しいと思う。しかし‥‥これは非常にまずい展開であった。
 このまま放っておいたら、彼らは攻撃しかねない。なにしろ『電光石火』の如く、思ったらすぐ行動にうつす人達なのだ。
 は一人一人を指さして、念を押すように語りかけた。
「いいですか。憶測でものを語るのは良くないです。殺戮を目撃したとはいえ、その争いの“元凶”がなんだったのかは、知らないのでしょう?」
「‥‥まぁ。そうだけどさぁ」
「知らない以上は、よけいな詮索は止めましょう。それに、もしその者を再び見つけた時、傷を負っていれば“弱者”ですからね。もし貴方達が、“弱者”をいたぶり襲うような酷いことをなさったら‥‥」
 加害者なのに、なぜか擁護しているかのような言い方に、陣らは首を傾げる。
 しかし、いつになく強いの口調に、四人はコクコクと頷いた。
「そうだったべな。は医者だ。確かに、傷ついている者を襲うのはよくねぇだべな」
「だがあの男は──」
「心配はご無用です。確かにあの方は私を人間と知っていますが、だからといって敵対関係にはなりえません」
「そうなのか?」
「ひょっとしてあの男、姉ちゃんの──コレか?」
 親指を立ててニヤける酎に、は顔を赤らめる。
「な、何を仰っているんですか。あの方には、既に想う方がいらっしゃるんです。お相手が医療スタッフですから、その繋がりでよくお話するだけですよ」
 黒鵺と医療スタッフには大変申し訳ないが、雲鬼から、『関係を明かせば、盾にされて黒鵺が利用される可能性がある』と警告されているので、ありもしない嘘八百を並べ立てる。
 黒鵺には、蔵馬との轍は決して踏ませたくない。※4
「その男の名前は?教えてくれねぇだか」
「名前って‥‥知ってどうするんですか?」
「何言ってるだ。今度はちゃんを襲ってくるかもしれね〜べ!」
「そういや、さっき鈴駒言ってなぁ。ちゃんのこと、あいつが調べてたって」
「そうだよ酎!無表情のまま、妖怪らをめった斬りにした男なんだぜ。危険だろ!」
「‥‥」
「鈴駒の言うとおりだ。その男の名前を教えてくれ。俺達が護ってやろう」
 ここまで来たら、黒鵺の名前を挙げるまで許されないような雰囲気になってきた。
「仕方ないわね。あのね──」
 根負けしたが、居もしない架空の名前を挙げようとしたときだった。
 部屋のドアノブがガタッと揺れたかと思うと──ドアを蹴り上げながら、一人の男が部屋の中に入ってきた。
「く、黒‥‥!」
「あ──っ!こいつだよ。オイラが見たのは」

∧※1…第2部−5話(佳奈子編)   ∧※2…ヒロイン暗殺計画!?黒鵺悪夢の1日-1話   ∧※3…2部-8話  
∧※4…ヒロイン暗殺計画!?蔵馬悪夢の1日(全編)  

web拍手で、「ブローチに関すること」「酎達を出すこと」「黒鵺と の初喧嘩」と色々提案を頂き、それらを全て盛り込んで1つの話にしました。
蔵馬の轍は黒鵺には踏ませまいという計らい。その蔵馬の話は未UPです。というのも、蔵馬を散々瀕死に追いやってきました(『南野秀一となった貴方へ』は、もはや瀕死の域を越えている)。
さすがに気の毒といいますか、『南野〜』の小説を読まれた方から、『蔵馬が可哀想』と言われまして(笑)、出来る限り怪我しないように(^_^;)。
‥‥妖狐蔵馬、大好きですよ♪ SFやホラー映画を観慣れているせいでしょうかねぇ?

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