『うたかたの光』 1


「チェックメイト」
 金髪のロングヘア。人形のように愛くるしい少女は、両手を頬に添え、カラカラと無邪気に笑っている。
 年の頃、十才前後のあどけない少女だが──―彼女は悪魔であり、位は大公爵
 帝王の次に位が高い。すなわち──上から2位という、非常に階級の高い悪魔である。
 その彼女──イザベルのチェスの相手を務めるのは、彼女の配下である『女官ナタリーである。
 大半の大公爵が、位の遠く離れた者と命令以外では接見しないのに対し、イザベルは平気で女官と接見し‥‥戯れ、こうして当たり前のようにチェスも興じる。
 イザベル以外の大公爵に仕える女官たちは、『無礼講』『打ち溶け合っている』などと羨ましがっているが、実質はそうではない。
 イザベルの、配下に対する認識は、他の大公爵と少しも変わりはない。
 その為、例えゲームとはいえ、女官が大公爵に勝つべきではない──という暗黙の了解がある。
 イザベルの機嫌を損ねるのを嫌うナタリーは、最後の最後で勝ちをゆずる。
「さすがはイザベル様。私の負けでございます」
「オホホッ。そなたもなかなか良い腕じゃった。おかげで楽しい時を過ごせたわ」
 一勝負ついたのを見計らい、別の女官が茶を差し出し、チェスの駒を配置しなおした。
 イザベルは茶をすすりながら、ふと部屋の隅に目をやる。
 チェスをしていた小一時間、女官長リディアは、部屋の隅のウッドチェアに腰掛け、読書に没頭していた。
 イザベルは女官にそっと耳打ちして、リディアを自分の側に呼び寄せる。
「お呼びでございますか?イザベル様」
「そなたはさっきから何を熱心に読んでおるのじゃ?そろそろチェスも飽きたことだし、面白い本ならば妾にも紹介せい」
 するとリディアは、読みかけのページにしおりを挟んで閉じ、イザベルに胸の前に差し出した。
 それは小説ではなく、魔道書だった。
「魔道書?そなたは女官長であろう。これから魔術でも習うつもりなのか?」
「いえ‥‥。この本は私の使い魔であるルイスが、リロイ伯爵様から頂戴した書物でございます」
「あぁ。あの人間臭いヴァンピールか。そういえばリロイのやつ、ある使い魔が神父の聖水を防いだと申しておったのぉ‥‥。そやつ、そなたの使い魔だったのか?」
 自分が所有する使い魔のことを、イザベルが覚えてくれている。こんなに嬉しいことは無い。
「はい!私の筆頭使い魔でございます!イザベル様のお耳にも届いていたとは、なんたる光栄‥‥!あの子はまだ使い魔ではございますが、いつかは聖戦に赴いて、イザベル様のお力になりたいと──。今、必死に鍛錬をしております」
 二人の会話に、たまらず女官ナタリーが割り込んだ。
 ナタリーは、ルイスと同い年の女使い魔イオラを所有しており、イオラを通じて彼の事をよく聞かされていた。
「さすが女官長様の筆頭使い魔、将来が楽しみですわね。きっといつか、憎い天使どもを一掃してくれますわよ」
 実際に天使に痛い目に遭わされた経験がある彼女は、若干興奮気味である。
 あの一件以来、イオラもルイスに後れを取りたくないのか、修行に励み、魔力も増大している。
「あら、ナタリーっては一掃だなんて。天使狩りというのは、天使を捕えるためにあるものよ」
 天使を狩って牢に閉じ込め、悪魔の毒牙を存分に吸わせる。心身を悪魔化させ、最後には自分の配下として使用するのだ。
 『天使狩り』は、天使の配下が欲しかったら、自ら天界や地上に出向いて狩りに行くのが基本である。
 勿論、闘わなくても手に入れる手段はあるが‥‥やはり悪魔と生まれたからには、天使は自分の手で狩りたいものである。
「そういえば過日、珍しく『智』天使が手に入ったと聞きましたわ」
「そうだったわね。でも、競売ではそれらしき天使を見たことは無いわ。あまりにも珍しいから、ルシファー様のお側にいらっしゃるのかしら?人目に触れず、ひっそりと‥‥‥‥素敵ねぇ」
 すると、イザベルは楽しそうに笑って──
「残念。逃げられたそうじゃ。ヤツを逃がした獄吏が責任をとらされ、生きたままケルベロスの餌にされておった。オホホッ」
 その台詞を聞いたお喋り好きな女官二人は、一気に井戸端会議と化す。
「勿体ないことですわね。上級天使を捕えた武将バラム様は、きっと落胆していらっしゃるでしょう‥‥」
「あらリディア様、バラム様のお力があれば、天使なんか簡単に手に入ってよ。今日も能天使を一匹、お捕まえになったそうよ」
 天使を見慣れているイザベルにとっては、いまさら能天使などを捕えてどうするのかと、いつも呆れる。どうせ捕えるのなら、下っ端の大天使のほうがよっぽど扱いやすいのに‥‥。
「ったく、能天使なぞ掃いて捨てるほどおるではないか。そもそも、自ら堕天して魔界に移住する能天使の方が多いのだから、今更配下にしても面白みは無い。見境なしに狩るバラムの癖は厄介じゃ」
 イザベルは愚痴りながら、グイッと茶をすすり終えた。
 大公爵であるイザベルは、既に数名の能天使を配下として抱えている。
 最近までルシファーが囲っていた天使を、譲り受けたのである。
 実際は、ルシファーが不要として捨てた天使の行き場が決められる前に、『欲しいか?』と問われ、イザベルは迷い無く笑みを浮かべた。
 ルシファーには「こんな天使が欲しいのか?」と嘲笑われたが、私にとっては上玉だ。
 『天使』という存在は、対峙すれば“敵”だが、捕らえてしまえば──“宝石”へと変貌する。
 大天使はサファイア、智天使はルビー、最高位の熾天使にいたってはダイアモンド──と位付けられており、見栄を張りたい悪魔の、いわば“権力の象徴”である。
 近頃のイザベルは、大公爵位に就いて百年程経ったので、そろそろ新たに天使を配下にしたいと思うようになった。
 となると、天使を捕まえにいかなければならないのだけど──。
 危険を侵してまで狩りに行くのは嫌だし、かといって、武将が狩ってくる天使は武将好みのろくでもない者ばかり。逆に良い天使が狩られれば、帝王に献上されるだろう‥‥。

 リディアの使い魔ルイスの力が確かならば、もしかしたら‥‥とは思う。
 天使の攻撃を完全に封じてくれる保証があるならば、自ら狩りに行っても良いのだが‥‥どうやらリディアの話では、まだ神父止まりのようだ。
 いや待てよ、たまたま対峙した相手が神父だった―─。もし天使と対峙したらどうなるのだろう?もし、ルイスが天使の力を防げるとしたら───!!
 天使の力を防ぐ使い魔など聞いたことは無いけれど‥‥‥‥試してみよう。失敗しても良し。自分の『暇つぶし』になれば十分だ。
「リディア、そなたに問いたい。そなたの可愛い使い魔が、もし天使を退治できたら‥‥と思ったことはないか?」
「──え?」
 突然のイザベルの言葉に、リディアは無礼にも聞き返してしまい、目をパチクリさせていた。
「ルイスは、見事に神父の力を防いだ。ならば天使はどうじゃろうか?対峙させて、試してみたいとは思わぬか?」
 どうやらイザベルは、ルイスの力を試したくて仕方が無いらしい。リディアは最初は戸惑ったが、イザベルが、自分の所有する使い魔の名を呼び、評価してくれているため、まんざらでもない。
「それは‥‥勿論でございますわ。しかし、大変お恥ずかしいことですが、神父は女官と対峙しても、天使を呼ぼうとはせず、自らの手で倒そうとするのです。今日まで、何度と使い魔を連れて狩りを行ってはおりますが、神父が天使を呼んだことは一度もありませんでした」
「ホホッ‥‥。それは面白いこと。おおかた、天使を呼ぶほどのことは無いのだと思ったのであろう。女官とは申せ、魔力は使い魔と大して変わらぬからなぁ」
 いじわるそうに笑みを零すイザベル。リディアとナタリーは互いに顔を見合わせたが、悲しいが事実のため‥‥揃ってため息をつく。
「悔しいですが、確かに──。故に、ルイスが天使と対峙する機会を作るなど──」
「よい。妾が作ってやろう!」
 イザベルは楽しそうに後ろを振り返ると、人払いとしてドアに立たせていた配下に、ある人物を呼んでくるように命じた。
「フグは食い足し命は惜しし」のイザベルです(笑)。 もろ『天使狩り』の話なので、天使が好きな方にとっては嫌悪感を抱いてしまうかもしれません。
これは、ルイスの成長に関わるお話です(どっちつかずなので‥‥)

次へ トップ ホーム 天界用語魔界用語