『うたかたの光』 7 「おお、なんと輝かしい!!大天使ミカエルじゃ。この天使を捕えれば、きっとイザベル様はお喜びなさる!」一人の公爵が発した言葉を聞いて、たまらずに一部の公爵が地へと降りた。 同時に、ミカエルは鞘から抜いた剣を掲げ‥‥閃光が、その頭上に立ち昇った。 光の強さは、ミカエルの光臨の際とは比べ物にならず、地上へ降りた悪魔は、地を踏む前に掻き消え、上空にいる公爵であっても、防御魔法を持たない者は、その光を浴びて塵へと化した。 ルイスはその光景を恐ろしく思い、リディアのドレスをギュッと掴む。 リディアもまた、ルイスの手を握り返した。 「あぁ‥‥なんということ」 女官という立場の彼女も天使とは度々出くわすが、こういう光景を見るのは初めてだ。 ミカエルとラファエルは、今まで見てきた大天使に比べてレベルが違いすぎる。 (これが光の剣!ルイスの結界がなければ‥‥妾も消し飛んでいるやもしれぬ) そう思うと身震いがする。悪魔の自分が天使の力を浴びても無事な理由‥‥ルイスの結界のおかげであることを知っている公爵達が、この結界内に逃げ込んできたらどうなるのだろう‥‥。 ルイスが、何人分の結界まで張れるのかはわからないが、結界を張る人数が多くなれば、それだけ自分を護ってくれる力が弱まるのは確かだ。 今なら魔界に逃げても大丈夫だろう。地上は蟻のようだ。この場から女官長の自分がいなくなっても、きっと誰も気づかない。 監視しているであろうイザベル様も、この状況では天使を見るのにに夢中で、我らのことなんかどうでも良いに決まってる。 「ルイス。早うここから逃げるのじゃ」 リディアは、ルイスを引くと、後ずさりをしてその場を立ち去り始めた。 しかし、あろうことかルイスは、首を左右に振って拒否したのである。 「でも‥‥公爵様と武将様は?お護りしないと──」 「なにを言うか!そなたの力はせいぜい神父どまり。あの大天使ミカエルには到底通じぬ!」 「大丈夫です。俺、出来ます。お役に立ってみせます!イザベル様に褒められたら、俺、リロイ様のお傍で働けるんですよね!」 「主人の言う事を聞かぬか!」 ルイスは、リディアの手を振りほどくと、一目散に公爵達の輪の中に割って入ってしまったではないか。 「ルイス!!」 急いで駆け出して連れ戻したかったが、足が鉛のように重く、その場から一歩も動けない。 頬に手を添え、ガクガクと震えながら、去っていくルイスの背を見ているしかできない。 ヘタリと床に手を付いたと同時に、「待ちなさいルイス!」と、見かねたリロイがその後を追っていった。 (ルイス‥‥ルイス‥‥) すると、リディアが一人になるのを待っていたかのように、彼女の前に神父が立ちはだかった。眼にしたのは、黄金の『十字架』である。 「辛いようだな女悪魔め。天使の方々にお前のような小悪魔を始末させるなんて失礼だ。お前は私が倒してやろう」 神父は、手にしていた聖水を取り出すと彼女に向かって降りかけた。 スローモーションのように、聖水が水飴のように自分に向かって降り注がれるのが見えた。 (殺される!) リディアは覚悟を決めて、床に口づけするような形で顔を埋めた。自分はこのまま消滅するというのに、この期に及んでまで、自慢の美しい顔には傷を付けたくはなかったのである。 ─────待っていた痛みは無かった。 恐る恐る顔を上げると、神父が困惑した表情で一人の男性を見上げていた。 「お怪我はありませんか?リディア殿」 男性は腰をかがめながら、リディアに手を差し伸べた。 「リロイ様?」 リディアがリロイの手を取って立ち上がる。彼の背後にルイスがいるのに気づいた。 安堵し震えながら胸に手を当てると、ルイスはリディアの胸に飛び込んでいき──その小さな体を、リディアは愛しげに強く抱きしめた。 「リディア殿。間に合ってよかった。私も戦にはある程度慣れている身ではありますが‥‥さすがにこれは大変ですね」 「ルイス‥‥あぁ良かった!リロイ様ありがとうございます!本当にこの子はすぐいなくなって‥‥」 リディアは、リロイの姿を見て驚き声を失った。よくよく見れば、彼の衣装は焼け爛れ、火傷もあちこちにあったのだ。 「リロイ様。そのお怪我はまさか‥‥ルイスを助け連れ戻すために──?」 当たり前だ。煉獄の炎が地を這い、天使と悪魔の斬り合いの中に突っ込んでいったのである。ルイスを庇いながら。 何度もリディアが感謝を述べると、リロイは「感謝ならルイスに‥‥」と、ルイスの頭をクシャクシャと撫でた。 「ルイスが護ってくれたのです。この子の結界の力で、煉獄の炎が弱まったのです。この程度の火傷で済んだのは奇跡ですよ。全く、ルイスの力には驚かされることばかりです」 リディアは呆然とした。神父の聖水を防ぐ力があるとは思っていたが、本当に、まさかここまでとは──。 「やはり、そなたはすごい。妾の見込んだ通りじゃ」 「俺、何もしていませんよ」 「無意識にそれが出来る。それが君の凄いことなのだよ」 リロイは、ルイスの目線の高さまで腰を落として‥‥「君が意識して力を自在に使えるようになった時、その威力は計り知れないものになるだろう。‥‥やはり、その力を公爵様方にご披露するのは──」 正直、避けたいのが本音だ。 「ささ、リディア殿。もはや我々は足手まといです。後は方々にお任せして、魔界に帰還いたしましょう」 「ええ。そうですわね」 「でも俺らが帰ったのが分かったら、後とで公爵様や武将の皆様に怒られますよ。イザベル様もこの闘いを見てるんですよね」 ルイスが心配するので、リロイは── 「監視の映像から、外れてしまえば大丈夫です。公爵様方を護るのも大事だが、少しは自分の身の心配もなさい。ささ‥‥これ以上の話は無用。一刻も早く逃げた方がいい」 「‥‥なぜ?」 「あのミカエルは大天使。ですが、他にもう一つの淡い“気”が迫っています。明らかに今度は上級天使のもの。まもなく新手の天使が到着するのでしょう。私は──その“気”の主を知っています。その者が現れた瞬間────全ては終わるでしょう」 「‥‥‥‥リロイ様、それはどういう意味で──」 瞬間。空気が、氷のように張り詰めた。
リディアとルイスには、血縁関係はありません。あくまでも“主人”と“筆頭使い魔”の関係です。でも、どちらも妙に悪魔に似合わず情が厚く、時折、母と息子を思わせる関係であったりします(悪魔に家族は存在しない為、その役目をこなしているわけではありませんが)。 リロイが、あまり役に立っていないような‥‥‥‥(爆)。 |