闇に咲く花 4部-2話

「待てよ蔵馬。霊界から切り離すために、人間界に潜入してまで大掛かりな策を講じたんだろうが。なのに、また霊界と関わって働くなんて──!まさかお前、その案に‥‥」
「あぁ、乗った」
 黒鵺が何か言いたそうに口を開けると、蔵馬は遮るように話を続ける。
「またあの病院で忙しなく働くなど、全くも物好きなものだ。だが、それが“人間の性”と言われてしまえば、妖怪の俺には何も言えん。それを知ってか、最近のは、それを盾にして俺の話を強引に終わらせようとする。全くあいつは‥‥」と困りながらも、蔵馬はどことなく笑みを浮かべていた。
「そういうことじゃねぇ!俺が言いたいのは、お前がなぜそんな案に乗ったかってことだ。ちくしょう!また振り出しかよ!または霊界に戻っちまうのか──!?」
 額に手を宛がいながら、苦悶の表情を浮かべる黒鵺である。
 すると蔵馬は、心底呆れたようにフゥ〜とため息をついた。
「お前、昔から何も変わらんのだな」
「何がだ?」
 恨みを込めたような黒鵺の上目使いを見つめながら、何も成長していない副将の姿に軽蔑の眼差しを向けている。
「人間界に行く前もそうだったな。お前はろくに話を聞こうともせん。というか、そもそも霊界側がとあの女の立場をどう変えたのか、覚えているのか?」
 黒鵺は、『は霊界と決別した』と言ったが、それは誤りであると蔵馬は告げた。
 二人は霊界の『傘下』では、なくなったのだ。つまり──霊界の“住人”ではなくなり、今後、衣食住について霊界は一切関知しないとの約束を交わした。
 だからこそ、霊界から借りていた家を返した。これからは、どこで誰と住もうが霊界は一切口を出さない。詮索もしないし助言も反論もしない。
 次に霊界に彼女たちが働きに来るときには、“ただ働きに来るだけの者”──。つまり『雇用人』として扱うと、コエンマは約束したのだ。
 黒鵺は、初めて知ったような顔をしており、蔵馬は、やはりそうだったかと落胆した。
「俺たちが盗賊をしている間は、霊界の管理下に置かれた場所に居た方がは安全だ。については、まだ部下と色々話し合う必要があるが、とりあえずの避難先だ」
「蔵馬──」
「もし、それでもが賊に受け入れられない場合は‥‥俺は賊を解散しても構わないと思っている。一から作るか、最悪お前と俺の二人か‥‥。まぁ、今の賊も、元々は群れると盗賊をやるのに有利という理由だけで作っただけだしな。今後は二人でもそう問題はないだろう」
「‥‥」
 賊の部下達は皆、蔵馬を『お頭』と慕い、我先に蔵馬の役に立とうと躍起になっているというのに、まさか群れていると便利という理由だけで賊が存続していると知ったら、卒倒することだろう。
 卒倒するどころか怒りに震え、更には蔵馬の女が“人間”と知ったら、どう思うことだろう。
 『長年仕え慕ってきた賊の部下よりも、ただの人間の女の方が大事なのか!』と、逆恨みされて女を殺されかねない。
 ただ殺すだけでは飽き足らず、蔵馬への報復として惨殺してしまう恐れだってある。
 蔵馬のことだ。その可能性がゼロではないことぐらい、分かっているだろう。
 しかし、女を賊に迎えるにあたり、本来なら戦々恐々とするところ、それを表情に微塵にも出さない。もちろん、女にも悟らせない。
 それについては、自分とは違う点だとほとほと感心してしまう。
 だが自分はどうも顔にすぐ出るみたいで、隠していたはずなのに、に悟られてしまったのである。
 黒鵺は、蔵馬の案──元はの案に賛成した。
 しかし蔵馬は、黒鵺にはまだ片付けることがあると忠告する。
「お前、賊に“女”を侍らせているだろう。そいつはどうするつもりだ?」
「あ?あぁ〜部下が寄越したあの女か。もとは敵賊の副将の女だって話だ。治癒能力が使えるなんて、ホント良い戦利品だぜ。他の賊も羨ましがってたぐらいだからな」
「そういうことを言っているのではない。お前は、いつあの女を始末するつもりだ?」
「始末?あれってお前のもんじゃねぇのか?だいたい能力的にいっても、“頭”が持つに相応しい戦利品だろうしよ」
「確かに賊として利用してはいるが、敵の副将が持っていたものだから、同じ地位のお前にやったもの。あくまで所有者はお前だ。全く‥‥どうして覚えていないんだ。──で、いつ始末をするつもりだ?」
「始末かぁ‥‥。そのことだけどよ」
 黒鵺は腕を組んでしばらく考えたのち、その女が持っている能力については失うのは惜しいと話す。
「だってよぉ、あの女は傷を癒すことができるんだぜ」
「だから?」
「ただの傷ならまだしも、瀕死の重傷まで治しちまうんだぜ。さすが敵賊が持っていた上等品だ。適当に情でも与えてやってりゃぁ、敵賊に寝返ったりもしないだろうしさ。こんな便利な戦利品、賊としては手放しちまうには惜しいと俺は思うんだが‥‥お前はどう思う?」
 蔵馬も黒鵺も、盗賊中に傷を負った時には、その女の能力で傷を癒したりしている。
 これから先、何か遭った時のためにも、このまま持っておいてもいいのではないか──。
 すると蔵馬は、それには賛同できないと首を横に振った。理由は──。

 『嫉妬』

 この感情は、蔵馬が暗黒武術会場で初めて目覚めた感情だ。※1
 盗賊として生き、飄々としている自分には存在しない感情だと思っていた。
 が観客の男共と話していた時、やたらと心がざわついた。無性に腹が立ち、だが自分が何に腹を立てているのか分からず、やたらと苛立った。※2
 この感情が『嫉妬』と気付いた時、全てを理解した。
 蔵馬は、と一緒にいる男が憎くてたまらず、いっそ殺してしまえ──とさえ思ったものだ。
 こんな自分に『嫉妬』の感情があるならば、その女にも、もちろんある。きっと、蔵馬よりも強く醜いものが──。
 蔵馬と黒鵺は、女が謀反や企ての心を持ったりしないよう、適当に情を与えてやっている。
 それは、偽りにすぎない。しかし、情をかけられた女は、自分が大事にされ、愛されていると感じている。
 そこに、が賊に合流したら、どうなるだろう。
 女は気付くはずだ。自分にかけられる“情”との、明らかな違いに。その時、女は何を思うのか──。
 黒鵺は、蔵馬の話を真剣に聞いていた。なぜならば、それは黒鵺も味わった感情だったからだ。
 と話している男達が気に入らず、蔵馬と同じく、『この男たちさえいなくなれば──』と、何度も殺意が脳裏をかすめたものだ。
 黒鵺はたちまち顔を青ざめ、明日にでもその女を始末すると約束し、その策を蔵馬に依頼した。
 面と向かって始末すれば、目撃した部下が敵賊に密告しかねない。あくまでも“事故”にみせかけなければならない。
 蔵馬は、急遽明日に賊狩りを実施して、その際に殺すことを提案した。黒鵺は、二つ返事で賛同した。
 しかし‥‥。実はその策、もっと早く実行すべきであった。二人は女を始末するのが遅かった。
 明日にでもが賊に合流するという時に、忙しなく遂行するものではなない。
 この女とを巡り、賊を巻き込んだ争いが起きることなど、この時の黒鵺は知るよしもなかった。

 蔵馬率いる盗賊のアジトは、周りが鬱蒼と生い茂る森の中にあった。正確には、森の中にある洞窟の中といったところだ。
 盗賊は、だいたい洞窟を利用して居住し、人間のように“定住”という形はとらない。だがこの洞窟は、黒鵺にとっては特別な場所で、定住したくなるほど心地よい。
 地熱によって暖かく、湧水は出、適度に陽も射し、常春の場所で、人間界で言う『一等地の最良物件』だった。
 ただ人間界の住まいとは違い、それは建物ではない。隔てられた『壁』という間仕切りはなく、プライバシーの完全確保は難しい。
 都会の生活に慣れた者なら逃げ出したくなるだろうが、にとってはそんなことは関係ない。
 が物心つくまえに住んでいたのも、洞窟を利用した住処だったと霊界鬼に聞いたことがある。
 当時の記憶こそないが、そこはなんだか似ていて──。とても落ち着いた空間に感じた。
「良いところだろう」
 黒鵺が自慢すると、も「そうね」と笑みを浮かべた。
 の笑みを見ていると、これから共に生活ができる感慨が止めどなく溢れて、心が満たされていくのがわかった。
「とっても綺麗にしているのね。の心配が外れちゃった」
「心配?」
「フフッ、ったらね。盗賊は男所帯だから、どうせ家は汚いだろうって決めつけていたのよ」
 黒鵺の怪訝そうな顔に、「ほんと、失礼な話よね。帰ってきたらビックリするわよ」と、改めて“優良物件”を見渡した。
 は、コエンマに今後の仕事について話をすると言って、霊界に行っている。
 蔵馬は、部下を従えて狩りをする賊の下見に行っている。
 今、洞窟にはと黒鵺の二人きりである。
。本当に、ここに俺と住んでもいいのか?」
 は、今さら何を言うのよと変な顔をみせた。
「前まで住んでたあの家のようにはいかねぇ。もしかしたら、ここはお前にとっては不便な所かもしれないと思ってな。俺が何かしてやりゃいいんだが、だからといって、してやることなんか──」
「やだっ、らしくないわよ!」
 は、黒鵺の腕を手でピシャリとはたいた。
「そんなこと、気にしていないわよ!黒鵺といれば、それだけで私は十分満たされてるわ。気遣いは無用よ」
 逆には、「黒鵺こそ、私と一緒に住んでもいいの?」と聞き返した。
「どういう意味だよ」
「私ね、正直に言うと‥‥ね。愛とか恋とかよくわからないのよ」
 とても申し訳なさそうに切り出す
「それって、私の大昔の先祖が関係しているんだって。私この前、雲鬼にその話を聞かされちゃって‥‥。はぁ〜、さすがに落ち込んじゃったわよ」
「なに!?あの野郎、そんなことをお前に言ったのか!!」
「そうよ。意外とデリカシーないのよね。雲鬼って」
 最初はあっけらかんと笑っていただが、しばしの沈黙した後、黒鵺を見上げる。しかし、バツ悪そうにふいっと目線を逸らしてしまった。
「私、黒鵺が好きよ。黒鵺と一緒にいたい。本当よ。でもね、それが『愛』なのか『恋』なのかって聞かれると、正直分からないの」
 黒鵺は、黙って聞いていた。
「ずっと、心のどこかで引っかかってたの。私は、女としては黒鵺が望むような存在にはなれないかもしれないって。他の女性のようにはなれない。もらった『愛』に応えられないかもしれない。たぶん‥‥きっと。この先だって──」
、いきなり何を言い出すんだ」
「ごめんね、ほんと。いきなりこんなこと言って。黒鵺を困らせるだけってわかっているのにね」
「いや、俺はそんなことは‥‥」
「私は黒鵺が好きだけど、それが『愛』なのかって聞かれると‥‥。そもそも、何がどうなれば『愛』になるのか、よくわからなくて」
 なんだか、話が哲学的になってきた。
 は、黒鵺を困らせる発言をしていることを詫びるが、正直、実際に困っているのは話を打ち明けられた黒鵺ではなく、打ち明けている本人のようだった。
 好き?好き。わからない。でも好き。好き?わからない。
 堂々巡りのようなの心。黒鵺を傷つけまいと、必死に言葉を選んでいる。それを、黒鵺は痛いほど感じ取る。
 雲鬼の何気ない言葉が、こんなにもを悩ませている。
「‥‥よせよ。お前らしくねぇぜ」
 刹那的で、気が強くて、口やかましくて。黒鵺と口喧嘩をすれば打ち負かしてしまうほどのが、この時はとても小さく、か細く映った。
「私は黒鵺に対して、愛された分をちゃんと返せてるのかしら?ホントごめんね。今更こんなこというなんて、自分でもホント最低だと思うわよ」
「心配するな。俺はちゃんと受け取っている」
 しかしは首を横に振り、堰をきったように‥‥今まで押し殺していた感情が一気に爆発したように、は自分を責める言葉を次々に吐いた。
「いい加減にしろ!」
 黒鵺は、自分を卑下するのはやめるよう叱るが、口ではに勝てない。
「言えなかったのよ。今まで言えなくて──っ」
 これ以上、何も言わせたくない。黒鵺はとっさにの唇を塞いだ。
 それ以外に、を黙らせる方法が黒鵺には思いつかなかった。──なんとも浅はかな、話の終わらせかた。
 ようやく、大人しくなったから離れると、顔を赤らめて黒鵺を見つめるの姿が目に入った。
「馬鹿な事言ってんじゃねぇよ」
 が、俺のそばにいる。それだけで満足だ。そう、に分からせたい。
 しかし、それはあまりに単純すぎて‥‥。うまく気持ちを伝えられない。
 どうすれば、それをわかってもらえるのだろう。
、魔界で話した時のこと、覚えているか?お前の連れの女が、怪しい剣を使おうとして蔵馬に止められた、あの時だ」※3
 蔵馬に一方的に護られるのが嫌だったは、いっそ妖怪になって蔵馬の負担を軽減しようと思ったことがあった。
 そんな無謀な願望をから聞かされた蔵馬は、烈火のごとく激怒した。
 に同調し、『弱くて護られるばかりの立場が嫌』『護られた分の対価を返せない』と嘆き‥‥。ついには黒鵺もに声を荒げてしまった。
 を護ったことに対して、見返りを求めたことはない。護って負った傷を見せつけたなど一度もない。
 護りたいから護る。そこには『貸し借り』などない。
「言ったはずだぜ。お前を護って、それを“貸し”になんかしねぇってな。それと同じだ。俺は、お前に愛してもらいたいから愛しているわけじゃねぇんだ」
 それでもまだ、すべてを納得できていなさそうなの頬を撫でながら‥‥。
「ったく。正直、俺にだってわっかんねぇよ。愛だの恋だの、そんな難しいことなんか。お前に聞かれるまで、考えたこともなかったぜ」
 黒鵺は、「お前、そんなことを突き詰めて考えていて疲れないか?」と、逆に聞いてしまった。
「言葉で説明できるわけねぇよ。そもそも、説明できる奴なんていないと思うぜ。たとえ、あの蔵馬でもな」
「そ‥‥そう?」
「お前は、俺にくっついてここに来てくれた。よくわかんねぇが、俺に言わせれば、それが“愛”なんじゃねぇか?」
 殆ど、蔵馬の受け売りになってしまうのが癪だが、所詮は“似た者同士”。愛する者に対する思いは蔵馬と同じである。
 が、「う‥‥うん」と小さくうなずく
「難しい話はこれで終わりにしようぜ。そろそろ蔵馬が帰ってくる頃だしな。賊の下見といっても、あいつが手ぶらで帰った事はねぇ。たんまりお宝をせしめてくることを期待して待ってようぜ」
 いつものように、難しい話になると、さっさと終わらせる黒鵺。正直、はすべてを納得してはいなかったのに──。
「そ‥‥そうね。も霊界から帰ってくるわ。霊界も猫の手も借りたいほど忙しいらしいから、ほぼOKって雲鬼は言ってたわ」
「そうか。おっ、星が出てきたな。久しぶりに見るか?魔界の星」
 黒鵺は立ち上がり、不完全燃状態のの心を知る由もなく、すっと手を差し伸べ、は‥‥その手に応じた。
 しかし明日、穏やかな夜が激変してしまう程の大事件が起きようとは、二人は全く知らなかった。

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